赤様の最近のブログ記事

text by 赤様


ドーピングって聞くと、

どういう印象を持たれるでしょうか?


「ずば抜けた才能を持つスポーツ選手たちの世界のことであって、

僕ら一般人には関係ないことだ」

そう思われる人がほとんどでしょう。

無理もありません。


でも、僕らにとっても意外と身近なことだったりするのです。


下の画像をご覧ください。

(クリックすると拡大します)

antidoping1.jpg

antidoping2.jpg

この画像は、

この薬なら服薬してもドーピングにはならないですよ、

というリストです。

日本体育協会が選手や関係者向けに出しているリストです。


きれいなファイルが必要であれば、

こちらをご覧ください。

http://www.japan-sports.or.jp/Portals/0/data/supoken/doc/2017anti-doping.pdf


皆さんが、

もしここに書かれていない薬を飲んだなら、

それはドーピングをしたことになるかもしれません(笑)

まあ、普通の生活をしていれば、

ドーピング検査なんてものはしないと思いますが(汗)


「かぜ」とか「せき・たん」の項目を見ると、

お馴染みの薬の名前が書かれていますね。

意外にクリアな種類が少なくて、

ちょっとびっくりしました。

また、僕が風邪をひいたときに飲んだ薬が、

ここに書かれていなかったのは驚きでした。


CMでよく見るものでも、

ここに載ってないものも多いですね。


薬なんて、病気やケガをしないと、

欲しいとも思わないし、選ぼうともしないのが、

一般人の感覚だと思います。


彼らはこうした情報の中から薬を選んだり、

指導者や仲間と情報を共有したりしています。

また、医師に診断を受けたときは、ドーピングの事を告げて、

それなりの薬を選んでもらうのです。


どうでしたか。

こうして具体的に商品名を見て、

身近なことがおわかりいただけたことでしょう。


そして、これを知っていれば、

僕らも、いつドーピングの検査を受けろと言われても安心ですよね。

(って誰が検査受けるんじゃい!)笑


text by 赤様


Nikeが躍起になっている。

2時間という壁は、

いつ、誰が最初に破るのか。


マラソンの世界記録は2時間0257秒。

デニス・キメットが2014年の秋にこの記録を出してから、

人間が2時間を切るのも時間の問題か!

と関係者はソワソワしはじめた。


世界的スポーツメーカーは、

「最初に2時間を切ったときのシューズは、

他社のものであってはならぬ!」

とばかりにプロジェクトを組んだ。


特にNikeは「Breaking2」と銘打ち、

シューズ契約選手から挑戦者を選び、

下記の事柄を考慮した場所と日時を厳選し、

シューズまで開発する力の入れようだ。


場所は、

気温、湿度、そして何より

風が吹かないことなどの気象条件を考慮した。

そしてもちろん起伏がほとんどないことも重視した。


その結果選ばれたのが、

なんとフェラーリのお膝元、

イタリアのモンツァサーキット。


挑むのは、

エリウド・キプチョゲ(ケニア人選手、リオ五輪金メダリスト)

レリサ・デシサ(エチオピア人選手、2013年世界選手権銀メダリスト)

ゼルセナイ・タデッセ(エリトリア人選手、ハーフマラソン世界記録保持者)

と、申し分ない実力者3人。


選手には、参加料として50万ドルと、

2時間を切ればその記録に応じて

100万~150万ドルのボーナスが与えられるのだという。


そしてイタリア時間で5月6日早朝にその挑戦は行われ、

全世界にネットでライブ配信された。


レース中はNikeFacebookに、

世界中からコメントが秒単位で増えていくほど、

注目度の高さをうかがわせた。


結果はマスコミ発表の通り2時間0025秒と、

2時間切りにはわずかに届かなかった。

しかし、現在の世界記録を2分半以上と大幅に上回った。


残念ながらこの試みは、

ペースメーカーが何度も入れ替わり、

また自転車に乗った人間から手渡される給水方法など、

レギュレーションには当てはまらないものがいくつもあり、

記録は非公認の扱いになった。


それもあってか、

企業のイメージアップありきだとか、

公認される規則の範囲内でやるべきだなどの

否定的な意見もあったのだという。


しかしそれよりも、

人間の能力がそれに迫るところまできていることと、

スタッフを含めそれに挑戦しようとする強い意気込みが感じられたのは、

とても誇らしかった。


そして何より、

これが多くの現役選手への刺激になったのは間違いなく、

近いうちに2時間を切るのは確実だろうと思わされた。


今後adidasも挑戦するとか、しないとかのウワサがあるようだが、

挑むことは素晴らしいことだし、夢や元気を与えられる。

今後の動向が楽しみだ。


柏原

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text by 赤様


柏原が引退した。

箱根駅伝で大活躍し、

「山の神」と言われた彼である。


まだ若いと思っていたが、

ケガが重なり決断に至ったという。


そのニュースには驚き、とても残念に思ったのたが、

それ以上に驚いたのが、

普段、駅伝や陸上競技を見ない人からも

「柏原、引退するの?!」と言われたことだ。


彼のセンセーショナルな走りが、

予想以上に多くの人の胸に刻まれていたのだろう。

箱根駅伝の影響力を改めて思い知った。


SNSでもその騒ぎは顕著で、

「陸上オタクと一般の人とを繋ぐ稀有な存在」

「柏原がいなければ箱根がそんなに盛り上がっただろうか」

と賛辞の声が多かった。


どうやら世間には、

彼は「山」の人という固定観念があるが、

実は平地でも速かったというデータがある。


大学駅伝には、出雲駅伝、全日本大学駅伝、箱根駅伝と、

3つの大きな大会があるが、

大学1年のときには、

出雲で区間2位(日本人トップ)、全日本で区間賞。

2年では、出雲、全日本ともに区間2位。

4年のときは、全日本で区間賞。

出雲、全日本には山のような区間はないのに、

この好成績だった。


多くの人が誤解しているようだが、

彼は平地でも速いのだ。

同時期に活躍したワセダのキャプテンから、

「異次元」と称されたほどだ。


しかし実業団に入ってからは、

よい印象を残せなかった。


マスコミが煽る影響なのか、

いかにも箱根のランナーが、

すごいレベルにあると思われがちだが、

箱根の選手は実業団に行けばひよっ子同然で、

オリンピックなど、そう簡単には手が届くものではない。


箱根のスター選手は10000m28分台なのに対し、

オリンピックに出るような日本のトップ選手は、

10000m27分台で走る。

1秒に何十人もひしめくトップランナーの世界で、

この差は大きい。


そこで彼はマラソンに活路を見出そうとした。

僕も適正はそこだと思っていた。


実際にマラソンにも出走したが、

多くの選手がそうであるように、

彼もまた度重なるケガに悩まされ,

競技を続けることを断念した。

まだまだ続けられる年齢だけに、

惜しい気がしてならない。


これからはスポーツを広めることを中心に活動の場を移す。

「楽しいと思えるうちに引退しよう」と思っていた彼なら、

多くの人たちにスポーツの楽しさを伝えられるのではないかと、

とても期待している。


彼の知名度を生かして多くの人が集まり、

スポーツに親しむ人があちこちで増えていったら、

彼も再び気持ち良く走れるのではないだろうか。


身体を温める

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text by 赤様


姪っ子が生まれた。

先日、初めて対面してきた。

病院に着くなり、早速だっこさせてもらったのだけれど、

僕の両手より少し大きいくらい。

まだ生後5日目。

身体だけでなく、目も鼻も耳も、

手足の指もメチャクチャちっちゃい!


なぜ赤ん坊はかわいいのか。

なぜ大人は赤ん坊をかわいいと思うのか。

そんな疑問さえ湧いてくる。


それは親や周囲の人間が、

赤ん坊を見放さないようにするための神様の仕業なのか?

なんて思えてくる。


赤ん坊の母親(僕の妹)曰く、

2人目がなかなかできずにいろいろと対策したんだそうだ。

そのなかでも鍼が効果があったのだと、

興奮気味に語った。

ツボを刺激して身体を温めるのだそうだ。

それを聞いて「おや?」と僕は思った。


身体が温かいと、

身体の本来の機能が正常に働くって事なのか!

とピンときたのである。


確かに身体が温かいと、

疲労がとれやすかったり抵抗力が増したりする。

体調を崩したときに温かいものを飲んだり、

服を着込んだり、

スポーツ選手が温暖なところで練習したりするのは、

同じ意図。


体温が上がると血流が良くなり、

代謝が上がる。

体温が1度違うだけで免疫力が何倍も違うという

検査結果もあるみたいだ。


でも、それだけでなく、

体質だからと思っていた部分が、

諦めるの早いんじゃない? 解決の糸口あるんじゃない?

と思わせたのである。


楽園というと、

だいたいが涼しいところではなく、常夏の島を想像する。

人間があたたかいところを好むのは、

実は、そういうことを本能的にわかっているからではないのか?

なんて思えたのである。


人間の身体は、まだわかっていないことが多々あるのだが、

ちょっとこれは、いろいろ探ってみると面白いかもしれない。

自動運転

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text by 赤様


クルマを運転している永ちゃんが、

ハンドルから手を離してカメラ目線になるCM。

クルマの未来を感じさせるシーンで、とてもワクワクする。

そして永ちゃんのドヤ顔がなんとも印象的だ。


モノが売れなくなると技術革新が進むが、

クルマは自動運転という夢の技術に向けて、

ひとつずつ段階を踏むように、

新しい技術が日々開発されている。


永ちゃんがCMしているクルマは、

道路の車線を区切る白い線を認識し、

クルマが車線からはみ出ないようにする技術を

上手く表現していて、なんだか心が躍る。


他にも、各メーカーが、

前方を歩く人や障害物を検知する装置や、

前のクルマが発信すると教えてくれる装置などなど、

新しいシステムが続々登場し、

その進化は目覚しいものがある。

マイクロソフトなどのIT企業と提携するメーカーもでてきた。


去年放送されたNHKスペシャルでは、

グーグルも独自にクルマをつくっていることが紹介されていた。

2人乗りの小さな電気自動車が、

今、アメリカをガンガン走っている。


実際に自動運転をして、

でも要所々々では、まだ人間が代わりに運転をして、

様々な状況を人工知能に学習させる。

そのシステムを構築して、

他社に提供しようと考えているのだそうだ。


自分のクルマがどう動くか以外にも、

道路や車線の情報や、他のクルマや混雑の情報、

危険を回避する方法など、

自動運転の実現に向けては、

解決すべきことが山ほどあるようだ。


だから人工知能が正しく判断できるようになるには、

膨大な走行データの蓄積が必要で、

その距離は、実に142億キロにもなるという。


トヨタが今年から再びラリーに参戦した理由は、

もしかしたら、それが目的なのでは?と僕は思ったのである。


それから、

以前からひとつ気になっていたことがある。

グーグルがマップやグーグルアースを、

ネット上で提供しているのはなぜなのか?ということ。


自動運転のシステム構築の過程で蓄積された道路や街の情報を、

どうせなら公開して、イメージ向上に役立てようとしたのではないか。

と推測するのだが、どうだろう。


運転好きにしてみれば、

運転できるからこそのクルマの面白味で、

自動運転なんてどうよ、と思うのだが、

一方、電車の運転席の後ろにかじりついて、

前方を見る楽しみもわかる者としては、

それはそれで自動運転も楽しみだよね、とも思う。

いずれにしてもワクワクなのである。

カロリー消費

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text by 赤様


年齢とともに代謝が落ちてきています。

だから1年くらい前から、

カロリーというものを意識するようになってきました。

どう摂るか。どう消費するか。


一時は、朝食を抜いた時期もありました。

ただ、それをやると、

走った後に気持ち悪くなるようになり、

再び食べるようにすると改善したので、

この手は自分には合わないと理解しました。


やっぱり、たくさん食べて、食べた以上に動く。

これが体育会系らしいし、

自分に最も合っている気がします。


通勤時には、極力階段を使う。

歩くときもキビキビ歩く。

青信号が点滅しだしたら、待たずに走る。

12月に完成する新社屋でも、

8階まで階段で登ろうと思っています。


動く機会があれば、それはチャンス!

そういう思考になればしめたもの!


そして、もし何か食べたい場合は、時間を決める。

何か貰ったからって、すぐには食べない。

食べ癖をつけないように、

ささやかだけどコントロールを試みる。

しかし、それでもストレスはかかるもの。

たま〜に、無礼講の日を作る。

そう、自分に合う方法を探すのも、長く続けるポイント。


それでも学生のときはホント食べてました。

それでよく親に怒られました。

そんなに喰うんじゃない、と。笑

でも育ち盛りだからしょうがない。

アルバイトへ行けば、

余った弁当がもらえたので弁当を2つ。

それだけでは足らずラーメンとおにぎりもプラスって状態でした。


でも太らなかったのは、

太らない体質なのではなくて、

じっとしていられない体質だったからだと

勝手に解釈しています。笑

(ちなみに僕の弟は太りやすい体質です)


今は、買い物をするときも、

カロリー表示を必ずチェックするようになりました。

食べるときも1人前くらいで留めておく。

でも、食べる喜びは失いたくないから、

それ以上は減らさない。

食べるものは食べる。


カロリーを気にする上での選択肢は、

食べないか、食べた以上に動くか、太るか、

その三択。


そんなにうまい方法なんて、

どこかに転がっているわけはないしょうけど、

ホントのところ、どうなんでしょうね。


text by 赤様


ちょっとソワソワしています。

僕としては毎年恒例の事なんですが。

というのも、

次の日曜日(26日)に東京マラソンがあるからです。


市民マラソンは他にもたくさんありますが、

この東京マラソンはやはり特別なんです。


ランニングブームの火付け役になった大会という事もありますね。

でも、それ以上に、

ランナー1人ひとりの熱量が違うし、

沿道の人の数が違う。


今年でまだ11回目なんですが、

もう誰もが認める大イベントになって、

認知されるというのは、こういう事なのかな、

などと思ってしまいます。


人がただ走るだけで、

どうしてこんなに注目されるんでしょう。

第1回大会から、テレビの生中継に

市民ランナーをじゃんじゃん出したのも大きいんですかね。


東京の盛り上がりは、EXPOを見ただけでも明らかで、

大阪、京都、神戸、横浜などの他の大会と比べてみても、

有名企業の数も規模も、

トークショーで登壇する著名人の質量も段違い。

僕が出た昨秋のさいたまマラソンにいたっては、

EXPO自体がありませんでした。


他にも特筆したいのは、

やはり、1300万人もの人が暮らす大都会の中心で、

多量の交通量をさばく大動脈を何時間も封鎖するって、

これはエライことですよ。


物流とか人の流れとか、

経済活動を止めちゃうんですからね(←少しオーバー?)。

かなり迷惑なんだろうな、なんて少し思うんです。

まあ、文化なんて、そういうものですかね。


でも、僕らランナーからすると、

あの広い大通りの真ん中を走るっていうのは実に爽快で、

しかも沿道の大勢の観衆から注目されていて、

かなり病みつきになりますよ。(笑)


今年は、いや今年も、

あいにく抽選にハズれ僕は走りません。

沿道から応援します。

でも、たとえ走らなくても、

なんだか得体の知れないこの盛り上がりは、

知っといて損はないと思いますよ。

text and photo by 赤様


「ドイツ人はなぜ、1年に150日休んでも仕事が回るのか」

という本がある。

ザックリ言うと、

ドイツは日本よりも労働時間が少ないのに、

日本より景気がいいのはどうしてなのか、

という内容。


150days.JPG


ドイツの何もかもがいいわけではないけれど、

日本でのその改善は今ひとつ芳しくない。

企業や業界によってもまちまちで、

気にかけている多くの人がこの本を手に取っているらしい。


昨今、大手広告代理店の事件があったり、

国会でも労働時間に関する議論が行われるようになったり、

だんだんと社会の流れが

変わりつつある兆しなのだろう。


モノが売れなくなって久しいが、

経済が好転しないのは、

お金を使う時間がないというのも理由のひとつ。

ならばその時間を設けようということで、

「ミレニアムフライデー」なるものが

この2月から始まるのだそうだ。


毎月最終金曜に退勤時刻を15:00にする。

そうすることで、

買い物に行きやすくしたり、

そのまま週末を利用して旅行に行きやすくする。

そういうのが狙い。


労働時間の短縮と消費の拡大の両方を

解消したいという思惑だが、

はたして、どのくらい定着するだろうか。


その意図は、

多くのサラリーマンにとって歓迎だと思われるが、

これって、

将来的な不安の解消が見通せることを同時にやらないと、

浸透せずに終わってしまうような気もするのだが...


今や、身内の介護が理由で、

会社を辞める人が年間9万人以上もいるという時代。


みんな一人ひとりが、

働き方を考える時期に来ているのだと思う。

時間やお金のことだけでなく、

介護や育児、福祉や社会保障も絡めて、

変えていくのが理想なのでは?

なんて思うのである。

text by 赤様


マラソンの解説者は数多かれど、

この人は独特のものがある。

増田明美さんの解説は、

「増田節」とか「細かすぎる解説」などと形容され、

最近では「マスペディア」なんて言葉まで登場してきた。


選手の趣味や生い立ちなど、

人間味あふれるエピソードは彼女の取材力のたまものだ。


でもたまに、どうでもいい話しだったり、

これは行き過ぎた個人情報では?

などと賛否両論がある。

それは、増田ワールドが認知されてきた証だと思う。


そこで起こる疑問は、そもそも彼女は、

なんでそんな話しをするようになったのだろう、ということ。


増田さんは高校3年で5000メートルと、

1万メートルの日本記録を立て続けに更新し、

一躍脚光を浴びた。

高校生でそんなことをやってのける選手は、

それまでも、そのあとも、

誰ひとりとしていない。


だがマラソンでは苦難の連続で、

大一番のロス五輪や国内の大きな大会で、

下位に沈むことや途中棄権が多かった。


また、

競技者として技術面ばかりを紹介され、

自身の背景や人物像に触れられないことを

寂しく思っていたのだそうだ。


そんな過程を知ると、

今のスタイルになったのもなんだか頷ける。


僕は陸上競技が好きで、

競技場で何度となく増田さんを見かけるが、

ときには、

こんな近くにいたのかなんて驚くこともしょっちゅうで、

明らかに他の記者よりも活動範囲が広い。


そのいずれも、

テレビで解説するときと同じような明るい雰囲気で、

選手の家族やコーチたちと話している。

おそらく、抜群に人の心を開かせるのが上手いのだろう。

そしてそれこそが彼女のあの話しにつながるのだ。


きっとこれからも、そうした蓄積が披露され、

新たな増田ワールドがどんどん展開されることになるのだろう。

photo and text by 赤様


正月恒例の箱根駅伝。


僕はいつもはTVでの観戦なのだが、

今年は現場の空気を感じようと、

5時すぎに起きて大手町に向かった。


地下鉄を降り階段を上がると、

大手町はすでに賑わっていた。

時間は午前7時前。

東の空からようやく日が昇ろうとしている時間にもかかわらず、

各大学の応援部が奏でる吹奏楽が、

オフィス街の建物に反響している。


その音に導かれるように近づくと、

応援部を中心に輪が出来ていて、

母校を鼓舞するエールが送られている。


大企業が入るビルの敷地を租借できるのも、

各大学のOBOGが在籍しているからだろう。


その脇では、

学生がつくる新聞も配られている。

自分たちで取材、撮影、組版をした新聞部員が、

こちらも選手に負けない熱さで、

通行人に呼びかけている。


newspaper.jpg

 ※箱根に合わせて各大学ともこぞって新聞を発行。

  左から明治大、早稲田大、駒澤大。


スタート地点に向かうと

沿道の人垣は4重にも5重にもなっている。

スタートシーンをこの目で見ようと、

場所取りのため朝4時から待っている者も多い。


そのおかげで、歩道は歩くスペースがないほどで、

横断歩道は封鎖、

道の向こうへは「地下道を通るように」と警備員が呼びかける。


ready.jpg

 ※スタート1分前。かろうじて選手が見える...


午前8時。

スタートの号砲が鳴る。

読売新聞社前から走り出した選手とともに、

沿道の熱気も選手を追うように伝播していく。


とにかくすごい人、そしてその熱さ。

今年のTVの平均視聴率は往路27.2%、復路28.4%にもなった。


スタートを見た沿道のほとんどは、

各自、次の場所へ移動し、また別の選手に声援を送る。


僕も5区の選手を見にいくために箱根に向かうのであった。


次回には続きません。続きは口頭にて。


text by 赤様


さて、2016年の最後のブログになりました。

今年も僕が印象に残った人を紹介しようと思います。

今年はこの2人です。


新井貴浩

今年のプロ野球は広島カープが話題をさらった年でした。

そのなかで彼がセリーグMVPを獲得。

優勝の立役者と言えますね。


彼は今春、大打者の証となる2000安打を達成しました。

そのときに黒田投手が中心となって、

彼を祝うTシャツをつくりました。しかも彼には内緒で。


Tシャツの背中には「あの新井さんが・・・」という文字。

それというのも、

新井選手はクソが何個もつくほどマジメ。

だけど天然・・・。

何事にも一生懸命だけど、時々ポカをする。

チームで2番目の年長者ですが、

そんなところがチームみんなに愛されているのだと。


そんな彼でも達成したんだという驚きと、たくさんの親しみをこめて、

チーム全員がこのTシャツを着て彼の前に現れた。

その時の彼の驚きっぷりったら・・・。

というのが春の出来事。


秋になり、

黒田投手が200勝を達成しました。

今度は新井選手が中心になり、

「あの黒田さんが・・・」と書かれたTシャツをつくりました。

もちろん黒田投手には内緒で。

そしてまた全員でそのTシャツを着て黒田投手の前に現れた。

なんかいいストーリーですよね。


カープが優勝した瞬間、

新井選手と黒田投手が涙の抱擁をして、

球場全体から拍手が湧き上がったのは、

ファンならずとも感動の光景でした。

こんなベテラン選手がいるチームなら、

雰囲気や結束力がいいのも頷けます。


羽根田卓也

リオオリンピックで銅メダルをとったカヌーの選手です。

それがキッカケでメディアで取り上げられるようになり、

イケメンということもあり引く手あまた。

でも、それまでの経緯は、

凡人では成しえない険しい道のりでした。


日本のカヌーのレベルはかなり低く、

施設やノウハウなどの環境面も強豪国とは雲泥の差。

高卒後、彼は単身、カヌー大国のスロバキアに渡ります。


言葉も通じない、友人もいない・・・

でも腐ったってどうしようもない。

独学でスロバキア語を習得し、

生活の全てを競技に費やし、

10年経った今年、

ようやくオリンピックのメダルを獲得します。


銅メダルが決まった瞬間、

他国のライバルの何人もが彼を祝福。

こんな光景は他競技でもあまり見ないことです。

彼の熱意をライバルはみていたのですね。



今年は、ともにスポーツ選手になってしまいましたが、

このほかにも、印象深い人たちがたくさんいました。

今後、何かの折にふれて紹介できたらと思います。

福岡のアナ

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text by 赤様


先日、福岡の中心部に大きなアナが開きました。

陥没していくあの映像は衝撃でした。


アナと言えば、

リオオリンピックの閉会式に向かおうとする安倍マリオのために、

ドラえもんが渋谷のスクランブル交差点から

アナを掘りましたね。

今ではすっかり跡形もなくなってますが。(笑)


振り返れば、

2020年のオリンピックが東京に決まる前、

東京は2016年のオリンピックにも立候補していました。

覚えている方もいるでしょうけど、

その直前には国内での開催地の選考があり、

そのとき東京と争っていたのが福岡でした。


そういうワケではないと思いますが、

福岡に開いたあのアナは、

我々もオリンピックを開きたかったぞという

意思の現われなのかな、

なんて思ってしまいました。


福岡市の市長は高島さんという方で、

以前は民放の局アナでした。


はっきりした口調と、

わかりやすい言葉が好印象で、

どことなく政治家らしくない。


あのときも、オール福岡で取り組むと宣言して、

予想以上に早く埋め戻されたのは、

実に見事でした。


原因が地下鉄の工事によるものでしたが、

全国の道路では、地下水による地盤沈下や、

水道管の老朽化などによる陥没の危険性が、そこらじゅうにあるそうで、

その状況は、

僕らの予想以上に深刻なのだそうです。


後手を踏んで、

アナがあったら入りたい、

なんてことにならないためにも、

早めの対策をお願いしたいですね。


text by 赤様


ゴールデンタイム視聴率でNHKがトップになった。

これは今年度上期の関東の地上派でのことだが、

こんなことは今まで例がないらしい。


何を隠そう、僕は最も多く見るのがNHKで、

4~5割くらいを占めてると思う。


NHKはスポーツ中継が多いから、

スポーツ好きのNHK率は高いのだけれど、

それでもここ5年くらいは、

スポーツ以外でも面白い番組が目につくようになった。


以下は、僕が見た好印象の番組。


・プロフェッショナル仕事の流儀

・探検バクモン

・美の壺

・ブラタモリ

SWITCHインタビュー達人達

・超入門落語THE MOVIE

・あなたが主役50ボイス

・英雄たちの選択

・助けてきわめびと

・ザ・プロファイラー

・スーパープレゼンテーション

・テストの花道

・らららクラシック

・オイコノミア

・タイムスクープハンター

などなど・・・


こう見ると、民放ではちょっと硬いかな?地味かな?

という素材を少し揉んで、

わかりやすく見やすくしているケースが多い。


なかでも僕が最も画期的だと思った番組は、

今春終わってしまったけれど、

4年前から放送されていた「NEWS WEB」という番組。

一応ニュース番組なのだが、

ツイートをリアルタイムで表示させ、

それを司会者が拾って解説者に質問してくれたりと、

視聴者の意見を番組に反映させる魁になった。


それから忘れちゃいけないのは、

これも終わった番組だけど「英語で喋らナイト」。

NHKの番組が見やすくなった象徴的な番組だなと、

個人的には思っている。


先日のリオ五輪でも、

NHKがひとり勝ちしたそうだけど、

民放のような余計な演出に飽き飽きしている人が増えてきているのかな、

なんて思えてくる。


硬すぎたNHKが柔らかくなったのと、

過剰演出に飽きた世間とが、

うまくタイミングがあったのが今の現象ってことなのか。


最後にひとつ。

NHKと言えば、なんと言おうとNHKスペシャル。

様々な人たちから高い評価を聞く。

なんでも、

小学生でも理解できるように作らなきゃならないんだとか。

確かに、説明はメチャメチャ工夫されていてわかりやすい。

やっぱりこの番組は王道だと思う。


猫バンバン

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text by 赤様


ここ数年、猫を飼う人が増えているそうだ。
これまでペットは、
犬の方が多く飼われていたのだが、
猫が逆転しそうな勢いらしい。

SNSでも、
ウチの猫を見てちょうだい!ってな具合に、
たくさんの画像や動画が投稿されている。

僕は、
猫派?犬派?と問われれば、
どちらかと言うと犬派なのだが、
そんな動画を見ていると、
確かにかわいいし、癒される。

天然(←当たり前だけど)というか、
何も考えてないというか、
あの愛嬌ある行動なら、
みんなに愛されるワケだよね。

そんな彼らの行動で、
危ういものがいくつもあり、
そのうちのひとつが、車の近くに寄り付くこと。

猫は温かいところを好む。
冬になると車の下などにもぐりこむのは、
お馴染みの光景。

でも実はそれが、
悲しい事態になってしまうケースがあるらしい。

だから、車を動かす前に、
ボンネットをバンバンたたいて、
猫に立ち退いていただこう、ってことらしい。

ちょっとした心がけで、
人も猫も車も安心なら、
それが一番いいよね。

あんこ

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text by 赤様

会社で僕の前に座っている先輩は、
あんこに目がない。

僕も甘党だが、
どちらかというと
チョコレートやアイスクリームの方が好みだ。

なぜみんな、
そこまであんこが好きなんだろうと思い、
あんこのことをいろいろと考えてみた。

そもそも、
どうしてこしあんと、つぶあんがあるのか?
小倉ってなに?
興味がない人にとっては、
どうだっていい事ではあるのだが(笑)

あんこは、
日本のお菓子の代表選手で、歴史も古く、
なんでも鎌倉時代から食べられていたという噂。

種類も豊富で、
羊羹、おしるこ、もなか、饅頭、小豆金時、たいやき・・・。
いろんなものがある。
いや、あり過ぎでしょ!

歴史があり、全国各地で様々な商品があるけれど、
そこまでしてあんこを食いたいか!(笑)
と言わんばかりの種類だ。

でも、僕がもっとも注目するところは、
あんこは、温めても、冷やしても旨いということ。
こんな食べ物は、実は意外に多くない。
もちろん、常温でもおいしいし。

上記以外にも
大福、どらやき、きんつば、おはぎ、あんドーナツ、柏餅・・・
探しはじめたらホントきりが無い。
さて、みなさんはどんなあんこが好みかな?
僕は今川焼きがいいなあ。

ちなみに、小倉は、
こしあんに大納言という種類の小豆を煮て蜜に漬けて
それを混ぜたもの、なんだそうです。

あんこ好きの方なら、
当然ご存知のことでしょうけど・・・(笑)

text by 赤様


大隅良典さんのノーベル賞受賞が決まった。


これまで、何人ものノーベル賞受賞者のインタビューを見てきて、

僕が思うのは、

みなさん、かなりお年を召しているのに、

いい意味で子どもっぽさがあるというか、

ピュアな感じがすると思うのだが、

どうだろうか。


知らないからこその好奇心というか、

その先に何があるのだろうというワクワク感というか、

そういうものが彼らを動かしているのだろうなと、

僕は感じる。


インタビューの中で大隅さんは、

「本当にサイエンスというのはゴールがなくて、

とくに生命科学は「これがわかったからすべてがわかった」

という状況というのはほとんどないんだ」と言っていた。


ひとつの「なぞ」が解決すると、また次の「なぞ」が現れる。

そんな「なぞ」解きが、

研究者にとってはこの上ない面白さだと思う。


誰もが子どもの頃に持っていた好奇心を、

一般には老人と呼ばれる年齢まで持ち続けている。

それが僕が感じた、彼らの子どもっぽさの正体なのだろう。


しかし、このような研究に対する現状は厳しいらしい。

日本の大学や研究施設の多くは、

国からの研究費がどんどん削減されていて、

欧米とは比較にならないほど少ないそうだ。


IPS細胞でノーベル賞を受賞した山中教授が、

研究を理解してもらって多くの寄付をいただくことも僕らの仕事だと、

以前どこかの番組で言っていた。


高速増殖炉もんじゅが1日で維持費が5000万かかるそうだが、

お金の使い道ってこれでいいのだろうかと思ってしまう。


また、時間の面でも理解が必要で、

効率とか速さとかを要求されるような昨今だが、

大きな時間をかけないと解明できないというモノは、

まだまだたくさんあって、

そういうものも大事にしていかないと、

成しえないことがたくさんあるんだということを、

この受賞で、改めて示したような気がする。


研究は成果が出るまでには、

それはそれは長い時間と大きなお金が必要だ。

となると、

今後、日本からのノーベル賞受賞者は、

もしかしたら減っていってしまうかもしれない。


そうならないためにも、

僕らは、様々な事への関心が必要なのだと思う。

経済、経済と、目先の事ばかりに目が行ってしまいがちな昨今だが、

そんな政策ばかりを求めていると

いずれ人類を病から救う研究も成り立たなくなるかもしれない。


いずれにせよ、日本の研究者の方々には、

どんな状況にも負けずに、

自身の好奇心を貫いていける機会が増えることを願いたい。

text by 赤様

昨日、9月22日は秋分でした。
時の流れは早いですね。

アインシュタインは、
時間の流れは変化すると相対性理論のなかで言っています。
苦痛に耐えている時間は長く、
楽しい時間は短いと。
ホントそうですよね。

誰もが同じ時間をすごしているハズですが、
特に、歳を重ねると、
過ぎる時間はどんどん早くなるような気がします。
楽しい時間ばかりではないのに。

では、僕らはどうすべきでしょうか?
僕の対応策は、今後の予定を立てることです。
特に楽しみな出来事の予定です。
それもかなり詳しく。

それによって、当日の無駄を省けます。
また、楽しみな事だから待ち遠しくなります。
そう思えたら作戦成功。
思い焦がれるその時は、なかなかやってこないもの。

反対に、最もやってはいけない事は、
時間の流れが早い早いと悲しがること。
そんな事で時間を使うのなんてもったいないし、
そんなふうにネガティブに思っていると、
アインシュタインが言うようにその時間はどんどん長くなってしまいます。

時間の経過には逆らえないのだから、
逆手に考えて、賢くやりたいですね。

text and photo by 赤様

カープの優勝が目前じゃが、
もう優勝ゆってえかろう。
25年ぶりじゃけぇ、
広島もぶち盛り上がっとることじゃろう。

わしゃぁカープファンじゃぁないし、
広島の人間でもないんじゃが、
この優勝は、なんかええなゆぅて思うとる。

地元に親しまれとって、
金で選手をバンバンとってくるんじゃぁのぉて、
選手を育てて強くなろうっちゅうチームは好感が持てる。

mazdastadium.jpg

ほいでからに、スタンドの応援がええ。
選手の名前を連呼しもってスクワットする応援。
かれこれ20年以上続いとる。

プロ野球の応援ゆぅたら、
選手それぞれに独自の応援歌があり、
覚えんとついていけんこともあるんじゃ。
それ自体アウェー感なんじゃが、
カープのそりゃぁ、選手の名前だけおらべばええ。
ぶち親しみやすいし、
この懐の広さ、素晴らしいじゃろう。

さらに、広島の街もええんじゃ。
わしゃぁ今まで6回ほど行っとるが、
目抜き通りを広電(路面電車)が通る風情と、
熱くても厚かましゅうない人々の雰囲気(←個人的感想)がええ。
お好み焼きも旨いよの。

okonomi.jpg

今日は調子に乗って広島弁で書いてみたが、
こがぁな地域に根差したチームがあるんも、
ええところじゃゆぅて思う。
広島の人らにとって、
カープは文化のひとつじゃけぇ。

※広島弁はネットの翻訳機能を使用
text by 赤様

オリンピックが閉幕しました。

こんなこと言うと怒られるかもしれませんが、
僕はスポーツそのものが好きなので、
日本人が勝っても勝たなくても、
オリンピックは楽しいのですし、
もっと他の国の選手も映してほしいと思うときもあります。

でも、今回の日本選手の活躍は見事でしたね。
大いに盛り上がりましたし、
どの競技をみても、
若年層が「TOKYO」を目指して目の色を変えて取り組んでいる姿は、
ものすごいものがあります。

さて、今回のオリンピックをみたなかで、
個人的に面白いなと思ったことを、
今日はいくつか紹介してみようと思います。
小ネタ集です。



なかなか決まらない新国立競技場の聖火台だが、
閉会式でマリオが入っていった土管をみて、
「聖火台これでええやん」と話題になった。

男子マラソンに出場した猫ひろしを、
NHKの公式ツイッターが紹介したときに
その語尾が「ニャー」だった。

リオに来た報道陣のなかで
どの国よりも日本の記者が最も多かったらしい。
(これまでは、いつでもアメリカが最多)

表彰式でメダルと同時にもらえるグッズを、
白井健三が「歯ブラシ立て?」と言ったのが広まり、
それを夏休みの自由研究で作った子どもがいた。

引退した室伏広治が、
ハンマー投げの試合をスタジアムに見に来たときに、
ゼッケンとユニフォームが用意されていて、
彼はそれを着て観戦したらしい。

吉田沙保里の世界ランキング1位が、
なんと829週も続いている。
実に16年! やっぱりあなたは最強だ。



過ぎてしまうとアッと言う間ですが、
ほんとに楽しいオリンピックでした。
また4年後の東京が大いに楽しみです。

おっと、その前に、
リオのパラリンピックを忘れちゃいけません。
さらに2年後には、韓国でピョンチャン冬季オリンピックです。
楽しみはずーっと続きますよ。
text by 赤様

「リオデジャネイロに行ってきます」
SNSでこう発信している人を多く見かけます。

選手だけではなく、選手の家族、マスコミ、
サポートスタッフ、サプライヤー・・・。
SNSの浸透により、
これほど多くの人たちがオリンピックに行くのかと、
ちょっと驚いています。
(あ、僕は行きませんので、悪しからず・・・)

ところで、
ブラジルには、どう行けばいいのでしょうか。
ブラジルまでは、日本からの直行便はありません。
どこかで乗り継ぎが必要です。

航空券を検索してみると、
乗り換え1度でもトランジットを含め28時間くらいで、
乗り換え3度となると33時間以上というのが多いようです。

費用は格安チケットでも往復13万円以上。
なぜか乗り継ぎが1度の方が高く、
乗る回数が多い方が安いのは何だか不思議です。

ブラジルは地球の反対側ということもあって、経由地も様々。
SNSの投稿では、
マスコミの人たちの多くは、
フランクフルトやパリなどで乗り継ぐ西まわりを多く見かけました。
それに対し、日本代表選手の多くは、
ニューヨークやダラスで乗り継ぎをする東まわりが目立ちました。
これはちょっと面白いですよね。

おそらく、選手の体調を考えた時差対策だと思いますが、
まず、ブラジルに対して時差が少ないアメリカに入るというのが、
理由ではないかと思います。

また、中には経費節約のためか、
何度も乗り継いで行くフリーライターの方もいました。
トランジット含め48時間を超えるハードなもの。
ブラジルって、それだけ遠いってことなんですね。
往路とは反対方向から帰ってくれば、
地球1周してしまうんですからね。

でも、行く方々の苦労は理解しますが、
地球がそんなに小さかったら面白くないなと、
僕は少し思ってます。

なぜなら、旅行好きにとっては、
行きたいところが多い方が嬉しいですし、
それには世界が広い方がいい。
What a wonderful world !

まあ、それは置いといて、
旅の安全と、選手のリオでの活躍に期待しましょう。

1461日

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text by 赤様

福山雅治の新曲のタイトルが、
「1461日」というのだそうだ。
それを知って、なぜこんなタイトルなんだ?と思った。

まもなくオリンピック中継が始まるが、
あるテレビ局のテーマソングが、この曲なのだ。

少し考えて、なるほど、と思った。

365日×4年+(2月29日の)1日=1461日

4年というとありふれているが、
日数で言うと、なんだか重みを感じる。

でも、誰もが知る一部の有名選手ならば、
オリンピックは4年に一度の出来事だろうが、
それ以外のほとんどの選手にとっては、
オリンピックは、実は一生に一度のこと。

そう考えると、
1461日というより、
その選手が生まれてきてからの、
何千日という積み重ねがあってこそ、と言った方が、
いいのかもしれない。

でも、4年前に出た選手も、初めて出る選手も、
1日1日は全ての者に等しく、
また、自らを進歩させる大切な時間であることに変わりはない。

誰しもが経験できるものではないからこそ、
彼らにはこの貴重な瞬間を存分に味わってほしいと思う。

今回、
リオデジャネイロオリンピックに出場する日本人選手は、
7月19日現在で331人。
(25日に4人追加されました)

  ちなみに、
  東大入学者数は3,100人ほど。
  甲子園の出場選手は、春夏あわせて1,458人。
  プロ野球にドラフトされるのは、育成選手含め116人(男子のみ)。
  ※いずれも1年間の数

オリンピックは4年に1度なので、
他の数字を4倍して比べねばならないわけで、
そう考えると、
オリンピック出場というのが、いかに難しいことか・・・。

そのなかを勝ち抜いた選手の熱い夏に、
注目したいと思う。
text by 赤様

リオデジャネイロオリンピックが間近に迫っています。
いやー楽しみですね。
スポーツ好きな人間には、とても待ち遠しい日々です。
でも時差が12時間。
毎度のことながら寝不足になりそうです。(笑)

さて、その開会式ですが、
日本時間で8月6日(土)朝6時からです。

2008年の北京も2012年のロンドンも、
面白い開会式でした。
ロンドンでは、
エリザベス女王がヘリコプターからパラシュートで降りてくる、
なんて驚きの演出がありましたね。

北京は張芸謀(チャン・イーモウ)、
ロンドンはダニー・ボイル、
ともに映画監督が開会式の演出をしました。

リオの開会式の演出の指揮をとるのは、
こちらも映画監督のフェルナンド・メイレス。
ブラジルのサンパウロ出身で
以前アカデミー賞の監督賞にノミネートされたこともあるとか。
はたして、どんな開会式になるでしょうか。
こうご期待!

開会式といえば・・・
4年後の東京の開会式がとーっても気になりますよね。
でも、ちょっと待った、ちょっと待った!

オリンピックの閉会式には、
次回開催都市が演出を披露する時間があるのですが、
ご存知でしょうか。
そう、リオの閉会式で、
東京のオリンピック委員会が用意したパフォーマンスが披露されるのです。
早くも、日本の腕の見せどころ、というワケです。

前都知事のおかげで、
旗をもらいにいく事ばかりがクローズアップされていますが、
東京(のオリンピック委員会)には、
そんなきわめて重要な役目があるのです。

あまり長い時間ではないですが、
誰が演出を担当しているのか、
4年後(演出が同じ人とは限らないが)の本番がどうなるのか、
どんなパフォーマンスなのか、ということも含み、
これは見逃せないですよね。

東京オリンピックの開会式は、2020年7月24日。
まもなく、あと4年となります。
リオの開会式も始まっていないのに、
東京の開会式が今からとても気がかりなのですが、(汗)
いずれにしても、
素晴らしいパフォーマンスを見たいですね。

ナナちゃん

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text by 赤様


中京圏の方には有名なのだそうですが、
名古屋に「ナナちゃん」という人形があります。

名古屋駅にほど近い名鉄百貨店が、
何かシンボルになるものを作ろうと考案したのが、
このナナちゃん。

nana02.jpg

身長、なんと6m10cmもある巨大なマネキンなのです。
百貨店といえばマネキンですよね。

遠くから見ると、こ~んな感じ。

nana01.jpg

足だってこんなに大きい。
しかもちゃんと靴履いてる。
かなりインパクトがあります。

nana03.jpg

先日、僕が名古屋に行ったときには、
陸上競技の大会が行われていて、
ナナちゃんも陸上のユニフォームを着ていました。

そう、このナナちゃんは、
シンボルであるのと同時に広告媒体でもあるのが、
おもしろいところだと思います。

調べてみると、
こうした立体的な広告塔は珍しいそうで、
キャンペーンのたびに様々な衣装を身にまとい、
多くの人を楽しませているそうです。

しかし、
彼女のイメージに相応しくないものはNGのようで、
大事にされているのがわかります。

今まで身にまとった全ての衣装が、
下記のサイトで見れるようになっていて、
夏には浴衣、バーゲンの時にはきれいなドレス、
地元、中日ドラゴンズのユニフォームを着たりもしています。
いろいろあっておもしろいですよ。

今では、百貨店のマスコットとして、
そして待ち合わせ場所として多くの人に親しまれているそうで、
こうしたユニークなアピールの仕方は、
どんどん出てきてほしいと思います。



イチローが記録を更新した。
その偉業に、
各方面から賞賛の声があがった。

海を渡り、厳しい環境の中でも、
英雄としての地位を築いていく姿を見るのは、
日本人として誇らしい。

どの競技でもそうだが、
世界を相手に戦うのは、
見ている僕らにとっても独特の緊張感がある。
それはまるで麻薬のようで、
それに慣れてしまうと、
国内の試合がとても味気ないものにみえてしまうほどだ。

それは格差と言ってもいいかもしれないが、
それがあるからこそ、
彼を目指す若者に希望を与えているのだと思う。

イチローは、
図抜けた運動能力を天から授かったとは僕は思わない。
彼は努力の人だと思う。
その証拠に、野球以外の球技が全くダメだと本人は言う。

お父さんが書いた本を以前読んだが、
幼い頃から友だちと遊ぶ時間を削って、
元日以外は毎日、お父さんと練習をした。
高校時代は寮の裏におばけが出るとささやかれ、
行ってみるとイチローが素振りをしていたという逸話まである。

それもプロになるための準備と言えるが、
僕がイチローの最も素晴らしいところは、
準備を怠らないことだ。

早めに球場に入って入念にウォーミングアップをし、
練習や試合を終えれば、十分に身体のケアをする。
これだけの年数を経ても大きな怪我がないのは、
この準備の賜物で、
他競技のアスリートからも尊敬の念をもって語られる。

また、最後まで残ってでも必ず道具の手入れをして明日に備えるのは、
有名な話しだ。
ほとんどのプロ野球選手は、
道具の手入れは他人任せなのだから。

こんな類まれなアスリートは、そう簡単には現れない。
日本では、テレビでしか見る機会はないかもしれないが、
機会があるのであれば、
ぜひとも目に焼き付けておくことをお勧めする。

すき間

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text by 赤様

あたたかくなってきて、
風を通すために窓やドアを開(あ)けています。

僕の席に近いドアも、ご多分にもれず開いているのですが、
ドアの後ろを人が通るために、あまり大きく開けられません。

そこで微妙な具合にするのですが、
この開き具合が、
どうやらみなさんのココロをくすぐるようなのです。

その幅というのが、
人が横向きになれば何とか通れるほど。

人間って不思議なもので、
通れるか通れないかわからないくらいだと、
通ってみたくなるのですかね?

意外と多くの人が、カニのように横向きになって、
ドアを動かさないようにして通ろうとします。

気づけば自分もそうしているのですが、
他人のその姿を見ると笑えてしまいます。

そういえば、子どものころって、
2本の電信柱の間とか、ソファと家具の隙間とか、
わざわざ細く狭い空間を通って遊んでいましたよね。

申し合わせはしていないのに、
みんな同じことをします。
そのあり様を見ているのがオモシロイ。
ドアは手で押せば、ラクに通れるのに・・・。

これって人間に備わっている遊び心なんですかね?
思いついたらやってみる。
人間の本能のなかには、そういうものが元々あって、
もしかしたら、それが様々な物事を生み出してきたのかもしれません。
音楽やスポーツがよい例ではないでしょうか。

限られたルールのなかでいかに遊び心を生かせるか。
それが人生を面白くすると僕は思います。
お行儀が良いばかりじゃ、つまらないですよね。

text by 赤様

月曜の夜、茨城を震源とする地震で、
関東でも緊急地震速報が流れた。

そのけたたましい音ときたら、
ジャイアンの歌声のような大音量で、
曇りガラスをツメでひっかくよりも不快。

電車の中など、人が多いところだと、
ドルビーサラウンドのような大音響で、
地震よりもその音の方に驚く。

生命にかかわることだから仕方がないが、
スマホから流れるあの音は、
何とかならないものかと、いつも思う。

被災地では、いまだに地震活動が活発で、
こんなのが日常になっているのかと思うと、
ホントたいへんな非難生活だ。

僕はその地震のとき、
ちょうど風呂からあがったところで、
「うわー、このタイミングかよー」と、
ちょっと笑いに笑えぬシチュエーションだった。

以前には、
地下鉄に乗っていたときに地震速報があった。
もし電気が消え、
ぐちゃぐちゃになった地下を歩いて逃げる、
なんてことを考えたらゾッとする。

どうせ地震が来るのなら、
大きな公園など何にもないところにいるときにしてほしい。

でも、そんなふうに恐れる前に、
家具の固定とか水の確保とか、
やるべき事がたくさんある。

僕も全くもってやっていないのだが、
いざというとき効いてくるのは、
そういうことの積み重ねだ。

地震速報のあのけたたましい音は、
もしかして、何もしていない者への警鐘か。
ならば、今が重い腰を上げるそのときだ。
text by 赤様

うちの両親は、70を超えているにもかかわらず、
スマホを使っている。
母親は「必要な機能しか使わないけどね」と笑って言う。

でも、誰でも自分に必要なことにしか使わないのだから、
どんなに機能が充実していても、それで十分だと思う。

そう。そんなにスマホに頼るべきではない、と思ったのは、
その話しの続きのこと。

「道がわからないときは、スマホで調べられるから便利だしね」
と言うと、どうやら地図アプリの使い方はわからないらしい。
すると、
「道なんか聞けばいいのよ」
そうだ。そうなのだ。
その言葉は痛烈だった。

以前は、道を聞けば、
例え見知らぬ者にでも答えてくれる文化や人情があった。
もっと社会全体に体温があったのだ。

でも今はどうだろう。
他人とのかかわりが殺伐としてきている気がする。
非人道的な事件が多くなってきたのも、
これと無縁ではないと思う。

震災のあと「絆」なんて言葉が出まわったが、
そんな身の周りのことを大事にしないと、
絵に描いた餅である。

こういう比較はおかしいかもしれないけど、
検索がスムーズにできる社会と、
困っている赤の他人に協力してくれる社会と、
どちらがいいですか?

今はなんでもスマホで検索できる。
でも以前は、頼ったり頼られたりという社会が、
確実に存在した。

便利になることは喜ばしいことだが、
暮らしやすい社会というのはそういうものなのだろうか。
なくしてはいけないものを今一度考えるべき時期にきていると、
僕は思う。
text by 赤様

昨夜、熊本で起こった大きな地震。

震度7というのも衝撃だが、
余震も大きなものが何度も起こり、
心身ともに疲弊しかねないと心配するばかりだ。

テレビは状況を伝えるばかりではなく、
被災者に安全や健康の確保を呼び掛ける言葉が多かった気がするが、
こういうのも東日本大震災からの教訓なのだろうか。

普段の生活を取り戻すには、
多少の苦労があるだろうが、
SNSでこんな情報が発信されているのを目にしたので、
紹介しようと思う。

「トヨタ 通れた道マップ」
https://www.toyota.co.jp/jpn/auto/passable_route/map/

通れた道マップa.jpg

災害により通れない道があることは推測できるが、
車が通った実績を表すことにより、
この道は通行可能だということがわかる。

これはトヨタがネットで公開しているもので、
ビッグデータを活用したいいアイディアだと思う。
広告がいっさい無いのもいい。

こうした非常時向けの試みは、
どんどん増やしてほしいと思う。
text by 赤様

世の中はジョークで成り立っている。
僕はそう思うのである。

なぜなら、
欧米では、公の場でもジョークのひとつも言えないと、
相手の心をつかめなかったりする。
有名人がインタビューされて、
記者たちを笑わせているのはよく見る光景だ。

日本の営業マンだって、
本題に入る前には、必ずと言っていいほど冗談を交え、
場を和ませてからの方が話しを進めやすい。

ビジネスであれ、友人であれ、
世の中、相手の気持ちを掴んでナンボだと思う。

そういう意味で、
ある程度までは公の場でも冗談を言うことを認めましょう
という、器量の大きい考えを持った欧米文化はすごいと思う。

毎年エイプリルフールになると、
その欧米文化にならい、
ジョークでかざったウェブサイトやSNSを見かける機会が、
日本でも多くなった。
宣伝活動の一環とはいえ、
企業の公式のホームページであり得ないことを発信するのは、
かなりの思い切りが必要だろう。

でも、振り返ってほしい。
自分たちの身の周りの人気者と言える人、
人の心を掴むのが上手い人というのは、
だいたいウソやジョークを、上手く会話に織り交ぜられる人だ。

そういう人に人が集まるということは、
みんなそういうモノを欲しているということ。

ジョークは社会の潤滑油どころか、
ジョークで社会が成り立っていると言ってもいいのでは?
と思うのである。

ウソは確かにいけないこと。
だが、使いようによっては認めようという寛容さがあったほうが、
僕らに良い影響を与えることも多いと思うのだが、
いかがだろうか。

そこまで言い切れないだろう、という意見もあるだろうが、
言い切っちゃっても、あながちウソじゃないと僕は思う。(笑)

人工知能

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text by 赤様

先日、
人工知能が、人類最強の囲碁棋士に勝利しました。

チェスや将棋では、
人工知能は、すでに人間の力を超えていますが、
囲碁は1手の選択肢が多いことから、
最後の砦のような言われ方をしてきました。
しかし、ついにこのときが来てしまいました。

人工知能は、
今後僕らの生活に深く関わってくることは明らかです。
そのとき、彼らの優位性の恩恵を受けることは、
とてもありがたいことです。

でも、先入観からすると、
人工知能って、隙がなくてちょっと冷徹な感じがします。
人間とコミュニケーションをとるときに、
体温が感じないというのは、
ちょっとどうなのかなと僕は思ってしまいます。

たとえば、
営業マンが、世間話しをすっ飛ばして、
いきなり本醍から話し始めたら、
やっぱり親近感に欠けますし、
受付嬢が事務的だったら、
がっかりですよね。

でも、今回の囲碁の対戦で、
すこしだけ面白いな、と思うことがありました。
それは、囲碁に勝った人工知能も、
人間の差し手にとまどう場面があったそうです。

人間には個性や隙というものがあって
そこがコミュニケーションの潤滑油になっている気がします。
マッキントッシュも以前は、
エラーを起こすと爆弾アイコンが出てくるというユーモアがありました。

人間も頭のいいヤツばかりが人気があるワケではないように、
遊び心や個性的なところは、
プログラミングに入れてほしいと僕は思います。
text by 赤様

先日行われた東京マラソン。
今年で10回目の開催でした。

毎年大きな盛り上がりをみせる東京マラソンですが、
今のランニングブームがあるのは、
東京マラソンが始まったから、と言っていいと僕は思います。

こんなことが10年も続くなんて、
以前から走っている人間にとっては、
とても想像できるものではありませんでした。

しかも、いまだに参加希望の競争率は高く、
ボランティアもアッという間に定員に達してしまう盛況ぶり。

また、東京マラソンの成功によって、
大阪、神戸、京都、名古屋(←女子のみ)、
千葉、福岡、浜松、静岡、姫路、横浜、北九州、
佐賀、富山、金沢、さいたま、岡山などなど、
日本全国で自治体が主体となった大規模マラソンが、
次々と誕生しました。

これはもはやブームではないですよね。
もう立派なひとつの文化と言っていいと思います。

これを支えているのは、一般のランナーだけではなく、
沿道で応援する普通の人たちの存在が大きいと思います。

東京マラソンを見に沿道に集まる人は、
200万人とも言われます。
これはこれまで最も集客があるイベントと言われてきた、
博多どんたくと肩を並べる数字。
東京マラソンの参加者が3万7千人ですので、
沿道の大多数はどう考えても身内以外の人でしょう。

正月には駅伝があり、
冬の日曜日のお昼には、毎週のようにマラソン中継があり、
日本人ってやっぱりマラソンが好きなんですね。

そんな多くの人が注目するなかで走っていると、
沿道の声援が全て自分に向けられている、と錯覚してきます。
でもそこで「自分が主役!」と思えたらしめたもの!(笑)
42キロが楽しくてしょうがない。

着ぐるみを着たランナーや、
ハイテンションで周囲を盛り上げながら走るランナー。
3万7000人もの人がランナーズハイ。
厄介ですね。(笑)

僕もランナーなので、
応援してもらえるとありがたいです。
おそらく多くのランナーが同じ気持ちだと思うのですが、
できれば沿道にたくさん人が集まる大会に出たいと、
誰もが思っているでしょう。

一方、沿道に応援に来る人も、
ランナーのパフォーマンスを求めていたりもするので、
そこにgive and takeの関係が出来ているのも、何とも面白いことで、
そう考えると、
やっぱりこれはお祭りなんだなと頷けるワケです。

今年の東京マラソンは、僕は沿道で見ていました。
自分が出場しない大会を沿道で見たのは初めてでしたが、
雰囲気がいいですし、楽しかったです。
これはずっと続いてほしいと願っています。
text by 赤様

人間はみんな自虐的である。
こう言うと「私は違う」という人がいるでしょう。

でも、人間である以上、誰もがそうだと僕は思います。
なぜなら、こういう経験はありませんか。

たとえば、夏休みの宿題はぎりぎりまでやらないで、
あとになって後悔する。
それから、身体に悪いと思っていてもついつい飲みに行ってしまう。

目の前にやりたいことがあると、
ついついそれに飛びついてしまう。
とーーーっても影響されやすい。(笑)
でもそれが人間なんだと思います。

だから、ほぼすべての人が、自虐的だと僕は思います。

結果を残してきた政治家がいても、タレント議員に投票し、
栄養のバランスをとることよりも、パンチの効いた味を選んでしまう。

痛いところがあって病気の自慢はしても病院には行かず、
そのツケを医学の進歩に頼って帳消しにしている。(笑)

他の動物は、生きていくために必要な行動をとるのに、
人間は、ときに修行だと自分に言い聞かせて、
真冬に冷たい水をかぶったり、滝に打たれたり、
火のなかを歩いたり、なんてことまでする。

人によっては、他人に笑われたいからと、
押されたフリして熱湯の風呂に入ろうとする。(笑)

こう考えると、
人間の最大の欠点は、
やらねばならぬ事と欲求とがかけ離れていること、
なんて思ったりするわけで・・・。

だから自分の欲求が、
やらねばならないことと一致すれば、
おそらく人生は最高のものになるのではないか、
と、僕はよく考えます。
なかなかそんな人はいないでしょうけどね。

食べたいものを食べると、太ってしまう。
でもメタボにはなりたくないと思うと、食べるものを制限しなければならない。
何かを満たしても、何かが満たされない。
ああ、人間の永遠のジレンマ・・・。

でも僕は、人間、短所があっていいと思います。
その方が人間らしい。
隙がなければ、愛されないですよ。

だからみなさん、
どうか他人の短所を受け入れましょう。
自分の短所を受け入れてもらうためにね。(笑)
text by 赤様

先日、久米宏さんがインタビューされている番組を見た。
そのなかで、ザ・ベストテンの話しが、
とても面白かった。

若い人のために補足すると、
ザ・ベストテンとは1978年~1989年に放送されていた、
ランキング形式で紹介する音楽番組。
司会は久米宏さんと黒柳徹子さん。
視聴率は、ときに40%を超えたそうだ。

順位はレコード売上、ラジオのリクエスト、
有線放送のリクエスト、番組に寄せられたはがきのリクエストを
ポイントにして決められた。

番組を企画するにあたって、黒柳さんは、
プロダクションやレコード会社など、
制作側の都合で順位操作がされることを断固拒否。
ホントの順位をちゃんと出してそれを正直にやらない限り
私は嘘がバレたらすぐ降りる、と条件をつけていたのだそうだ。

するとこんなことが起きた。
第1回目の放送で、
10位以内に入ると思われていた山口百恵が11位だった。
当然ランクインと思われていたのでスケジュールを抑えてあった。
スタッフは悩みに悩んだが、
決めた以上はルールを守ろうということで、
事務所に謝りに行った。
でもそれで最後までフェアにいくことができたと、
久米さんは語った。

生放送で、しかも順位が直前に決まる。
出演交渉が大変だったのは容易に想像できる。
順位によって出演するかどうかわからないが、
フェアだったことが関係者の理解を得られ、
番組の認知を上げたのは間違いない。

スタジオに来れないアーティストも多かった。
でも僕ら視聴者には、これも面白かった。
移動中の新幹線の中、コンサートの真っ最中・・・、
なんでこんなところで歌うのか?
思い出してみればいろんなところで歌っていた。

構成作家は、なんと若き日の秋元康だったらしく、
そんななところは、すでに「らしさ」が出ていたと言える。

ちなみに、久米さんが司会になったのは黒柳さんからのご指名で、
黒柳さんが久米さんのラジオを聞いていたのが決め手だったそうだ。

僕もベストテンは毎週欠かさず見ていて、
鏡の回転トビラとか、パタパタ回転する順位ボードとか、
いろいろ印象に残っている事柄が多い。
でも、こんな影響力のある番組は、もう現れないだろうなとも思う。


text by 赤様

我慢している人が我慢強いわけではない、
と僕は思っている。
むしろ、我慢しているようにみえる人の方が、
実際は我慢していないのかもしれない。

どういうことかというと、
焦点は、今トクしたいのか、あとでトクしたいのか、
ということであって、
我慢しているようにみえる人は、
あとのトクに対して我慢できずにいるのだと思う。

甘いものを食べたい。
走りたくない。
そんな思いはよくわかる。
誰にでも同じような事柄があるはずだ。
でも、やっぱり体重が増えることや運動不足を、
あとで気にしたりする。

そんなことを経て、
我慢強い(と思われている)人は、
単に目先にとらわれないで、
今の欲よりあとの欲を選んだだけなのだと思う。

目先を追ってそのあとで苦しんで、
「もうあんな思いはしたくない」という経験をして、
単に優先順位が変わっただけ。

結局あとで後悔するくらいなら、
今のトクよりあとでいい思いをする方を選ぼう。
そう思っただけ。

今もあとも両方いい思いをするなんて、
そんな都合のいいことはまずないのだから。

そう考えれば、
あとのトクを受け入れられる気がするのだが、
みなさんはどう考えるだろう?
text by 赤様

マラソンシーズンも真っ只中ですね。
弊社でも新たに走りだそうとしている人が数人現れ、
地味ながらも盛り上がりそうな兆しです。

僕の友人にも、
「今年から走る」と年賀状に決意を書いた人が2人もいました。
そんなこともあって、
今年最初のブログは、ランニングイベントの話しをしようと思います。

「ビアマイル」というのを聞いたことがあるでしょうか。
名前からわかるように、ビールを飲んで1マイル走るのです。

スタートの号砲とともにビール1本飲み干してから走り出し、
400メートル走るごとに1本づつ飲むのです。
1マイル(約1600メートル)で計4本のビールを飲んで、
そのタイムを競います。
1980年代にアメリカの大学で始まったそうで、
ユニークなのはいいのですが、
お酒を飲んでからの運動は、
あまり身体にいいものではないですよね。

欧米では、変わったイベントが多いと聞きます。
高層ビルを速く登るレース、なんてのは日本でもありますが、
奥さんを背負って走るレースとか、
イギリスでは泥の中を走るレース(走れるのか?)などなど、
日本人の発想とはちょっと違うものがあります。

ユニークというと、
仮装してマラソンを走るのを連想する方も多いでしょう。
仮装は欧米の方がすごい。
そんな先入観がありますよね。
でも、今では日本の大会の方がすごいという声を多く聞きます。

長野の「小布施見にマラソン」のように、
主催者側が仮装を推奨する大会まであるように、
これはもう、日本のランナーが完全に潮流を掴んでしまったようです。
いずれ、仮装マラソンの世界大会でも行って欲しいと思ってしまいます。

最後に、話しをお酒に戻します。
フランスのボルドーで行われる「メドックマラソン」は、
高級ワインが飲み放題だったりします。
それを目的に、最近は日本からの参加者が急増しているそうです。

たくさんのワイナリーを巡り、その葡萄畑の中を通り、
滅多に飲めない数々の品種を目の前にして、
ゴールしたくない(笑)という参加者がたくさんいると聞きます。
ワイン好きには夢のようですね。
日本からのツアーもあるようで、
興味のある方はいかがでしょうか。
text by 赤様

さて2015年最後のブログになりました。
去年も印象に残った人たちをここで紹介しましたが、
今年も選んでみました。
僕が紹介したいのは、この3人です。


■伊勢谷友介
ご存知、俳優の伊勢谷さんです。
しかし、僕が注目したのは俳優としてではなく、
社長としての伊勢谷さんです。
彼はリバースプロジェクトという
地球環境を考える会社を営んでいます。

僕は以前よりこの取組みを知っていましたが、
ある番組で彼がこう話していたのを耳にして、
注目度が激増しました。
「目的が達成すれば会社は潰れてもいい」
「こういう会社は本当は無いほうがいい」と。
人間が地球で生きていく上では、
地球環境を汚していくのはやむを得ないことですが、
そこにクリエイティブな発想を持ち込むことにより、
いい塩梅の折り合いのつけ方があるのではないか、
というのが僕が受けた解釈です。

彼の中では俳優をやっている事は、
その取り組みの一環なのだそうです。
今後の活動に注目していこうと思います。


■鳥海連志(ちょうかいれんし)
彼は高校生です。
が、車椅子バスケットの日本代表選手です。

先天性の障害で3歳のときに両脚を切断し、
手の指は右手4本、左手は2本しかありません。
しかし車椅子バスケットをやっている彼からは、
そんなハンディが想像できないほどの
素晴らしいプレーをみせてくれます。
障害者スポーツ=パワーやスピードが劣るもの、
という固定観念を見事に覆してくれます。
俊敏性と頭脳的なプレーはホント惚れ惚れするものがあり、
多くの人が「天才」と形容するほどです。

日本の障害者のなかで、
彼が初めてのスター選手になるのではないか、
と僕はひそかに思っています。


■川淵三郎
ご存知、サッカー協会の前会長です。
今年に限れば日本のバスケットを救った人です。

長いあいだ拗れていたバスケット界の問題を、
就任してたった半年で解決してしまいました。
日本全体に渦巻くメンツや既得権益などは、
彼にかかればイチコロなのではないでしょうか。

彼がJリーグを立ち上げるときに、
四方からまだ早いと反対されるなか、
「百年経っても時期尚早だ」と
信念を貫いたのは有名な話しです。

もう79歳ですがホントに熱い人です。
彼より若い人たち(僕を含めて)は、
彼の熱さやノウハウを分けてもらいましょう。
個人的には、
東京オリンピックはこの人に任せたらどうでしょうか、
と思っています。


このほかにも、
印象深い人たちがたくさんいました。
今後、何かの折にふれて紹介できたらと思います。
text and photo by 赤様

1年を振り返る時期になりましたね。
今回は、僕が今年撮った写真の中から、
ひとつ選んで紹介しようと思います。


hiratsuka.jpg


これは7月下旬に、
平塚の陸上競技場で撮ったものです。

その競技場には陸上競技を観に行ったのですが、
そこはスタンドが東向きなので、夕陽は視界には入りません。
僕が何かの拍子に真上を見上げたら、
いくつかの雲がうっすらとピンク色に染まっていて、
「もしや?」と思って西の空が見える最上段に上がると、
こんな幻想的な空でした。
しかも、富士山が見えるというこれ以上ないロケーション。

僕がこれを撮ってると、
近くにいた中学生も友人同士話すのをやめて見入っていました。
でも、スタンドには数百人くらい(少ない!)いたんですが、
この空に気づいているのは僕らだけでした。

僕は風景写真をよく撮りに行くのですが、
こんな空の色にはそうそう出会えるものではありません。

自然のすごい光景というのは、
ホントに短い時間でしかないことが多いです。
その度に地球って素晴らしいよなって思います。
こんなすごい瞬間を、何度も何度も見たいと思います。
text and photo by 赤様

マラソンシーズンになりました。
先日見たTV番組によると、
この11月のひと月のあいだに、
日本全国で300ものマラソン大会が行われるのだそうです。
走る人がこれだけ増えたのは喜ばしいことです。

先日、僕も神戸マラソンを走りましたが、
僕がマラソンに特異性を感じるのは、
見に来る人、応援する人が多いことです。
走ってみるとわかりますが、
沿道の人の数ってホントすごいです。
東京マラソンなんて200万人ですから。

草野球、フットサル、テニス、スキーなどなど、
一般の人が楽しむスポーツはたくさんありますが、
マラソンを見に来る人がなぜこんなに多いのでしょうか?
見ず知らずの人がやっている草野球やテニスなんて、
みなさん、見に行かないですよね。

こうした人たちは、
「ランナーを応援したい」「誰かの役に立ちたい」
という気持ちがあるのかもしれません。

大会が用意するものとは別に、
沿道の住民たちが、
水やチョコレート、飴を配ったりしている光景を、
多く見かけます。
なかにはエアサロンパスを、
脚にスプレーしてくれる人までいます。
これを有難がっているランナーは多いでしょうね。

当然ながら、彼らには見返りなんかありません。
通り過ぎるランナーをずっと鼓舞しつづけて、
声をからす人までいます。

でも、見ず知らずの人同士だけど、
みんなで盛り上げようという気概のようなものを感じます。

僕は、野球も、フットサルも、
スキーも、スケートもやってきましたが、
こんなのはマラソンだけです。
他のスポーツとは違う、
新しいカタチが出来つつあるような気がします。

僕らは有名人でもないのに、
見にきてもらえるだけでもありがたい。
しかも応援までしてもらえて。

先日の神戸では、
僕もその雰囲気に煽られて
ハイタッチした人の数が500人は軽く超えていると思います。

こうした盛り上がり、ホント最高です。
ランナーの喜びは、
こうした人たちに支えられているんだなと思うと、
ただただ感謝するばかりです。

kobemarathon2015.jpg
↑沿道の応援とランナーと明石海峡大橋

ヤギの呪い

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text by 赤様

「バック・トゥ・ザ・フューチャー」で、
タイムスリップしてくる日が2015年10月21日だと、
先日話題になりました。

その映画の中では、
2015年にメジャーリーグのシカゴカブスが、
1908年以来の優勝を果たすことになっています。

なぜカブスがフォーカスされたのかというと、
当時から弱小チームの象徴的な存在だったからです。

それが今年、映画と同じように優勝してしまうかも?
というところまで勝ち進みました。
残念ながら、一歩手前で優勝はできませんでしたが、
アメリカでは映画が現実になるかもしれない?
と大きく騒がれました。

ところで、
今年のカブスには、もうひとつ特筆すべきことがありました。

今から70年前の1945年。
いつもヤギのマーフィーを連れて観戦に来る
熱狂的なカブスのファンがいました。
その年、カブスは
ワールドシリーズ(日本で言えば日本シリーズ)進出を果たしましたが、
そのワールドシリーズに限ってヤギの入場を断られ、
この飼い主は「二度とカブスは優勝できないだろう」と言ったのだそうです。

それから今まで、
カブスは本当に優勝することができなくなり、
これが「ヤギの呪い」と言われているのだそうです。

今年のカブスは強く、
ワールドシリーズ進出も夢ではない状況で、
シカゴ市民は盛り上がったそうですが、
対戦相手のニューヨークメッツに残念ながら阻まれました。

しかもなんと、
メッツの勝利を決定づける大活躍をした選手が、
マーフィーという選手。
前述したヤギと同じ名前だったのです。
やはり「ヤギの呪い」は生きていた!
そう言わざるをえません。

カブスがいつか優勝するためには、
ヤギのための試合をするしかないのかな?
なんて思ってしまいます。

ちなみに、
カブスとは小熊を意味しますが、
これを機に、ゴート(日本語でヤギ)に変えてみては?
なんて言ったら怒られそうですね。
text by 赤様

先日、SONGSという番組を見ました。
NHKの音楽番組です。

その回はナオト・インティライミでした。
僕は彼の音楽のファンではなく、
この番組も、全く見る予定ではなかったのですが、
以前から、かなり人間的に興味があったので、
ついつい見てしまいました。

実は、彼がメジャーになるまで、
僕はナオト・インティライミという人を全く知らなかったのですが、
このことは一旦置いておきます。

僕は以前から中村直人という旅人がいるのを知っていました。
彼は世界中を放浪したことを本にしていて、
見知らぬ土地で見知らぬ人たちの前で歌を歌い、
世界各地で様々な人たちと親しくなったことが、
その本に綴られていました。

特に、パレスチナのアラファト議長(当時)に、
なんのコネもないのに面会し、
親しくなって議長府に泊まってしまうなんて事までしている。
ホント信じられません。

そんなことを知っていたので、
ナオト・インティライミが売れてきたあとに、
彼が中村直人と同一人物だと知ったときは、
かなりの驚きでした。

冒頭に紹介したSONGSでは、
彼は旅行者が集まるベトナムのミュージックパブを訪れます。
店長に直談判して飛び入りで1曲歌わせてもらうのですが、
それが彼の真骨頂。

ベトナム語、タイ語、マレーシア語、インドネシア語、
英語、スペイン語、日本語・・・。
各国の「ありがとう」という言葉をつなげて歌います。

こういうとき、聴いている人間の心理として、
「俺の国の言葉は?」
って思うのが人情ですよね。
「あなたはどの国から?」
と彼がお客さんを指すと、
「Germany」とか「France」とか、
まだ歌に出てきてない国の人は、
俺も俺もと声を上げてくるのです。

そんな国の「ありがとう」も取り込んで、
ホントになんてこと無い歌なんですが、
ノリとリズムを求めて来た聴衆はどんどん一体感が出てきて、
いつの間にか、みんな手拍子で大盛り上がり!

ホント人の心をつかむのが上手い!
ただただ関心するばかりでした。

僕は、人の心を開けることが、
人間の能力としては最も素晴らしいものだと思っています。
彼のようなことって、なかなかできるものではありませんが、
僕も自分なりの企てを継続していこうと思っています。

text by 赤様

「桐谷美玲が吉田沙保里に勝つくらいの凄さ」
先日のラグビーで、
日本が強豪の南アフリカを倒した凄さをわかりやすく説明するために、
こんな例えがSNSに出ていました。
ちょっと笑えます。
あまり本題と関係ないですが・・・。

さて、ラグビーは他のスポーツに比べて、
独特な考え方が多いと思います。
なかでも「ノーサイド」は有名ですよね。
試合が終われば敵味方は関係ない、という考えは、
様々なところで引用されるほどです。

また、ノーサイドの一環で、
「アフターマッチファンクション」というものがあり、
試合のあとに双方の選手や関係者、審判や連盟の人も合わせて、
交流会をするのもラグビー独特の風習です。

「One for All. All for One.」
というのも聞いたことがあるかと思いますが、
他人を尊重することがラグビーでは文化になっています。

日本代表にカタカナの名前の選手が多く入っていますが、
これもラグビーならではで、
彼らは外国籍のままの選手もいれば、
日本国籍を取得した選手もいます。
これは他のスポーツと比較するとちょっと不思議です。

代表チームに入れる条件というのは、
1.その国(地域)で生まれた人
2.両親または祖父母の一人がその国(地域)で生まれた人
3.36か月以上その国(地域)に居住している人
この3つのどれかを満たせばいいのです。

国民の代表ではなく、
「その地域でラグビーをやっている人たちの代表」
ということです。

僕は、この考え方がとても好きです。

僕らが普段やっているスポーツは、
他国から転勤で日本にきている人たちとプレーすることもあります。
いつも一緒にスポーツをしていれば、
それは気心が知れた仲間です。
何年も住んでる彼らなら日本を代表したっていいと思いませんか。

なぜ、ラグビーがそんな制度になのかというと、
ヨーロッパでは日本人の想像以上に人種が混ざり合っているそうです。
また、いろんな国でラグビーを発展させたい、
というのも理由にあったようです。

今では、どんな国でも、優勝候補でさえも、
他国籍の選手が入っています。

日本代表エディ・ジョーンズ ヘッドコーチが、
「異文化交流の良き先例になればいい」と。
さすが、いいことを言います。
エディさんはオーストラリアの方ですが、
母親が広島出身の日本人で、しかも奥さんも日本人なので、
こんな考え方が自然に出てくるのでしょう。

ラグビーに限らず、
オリンピックや世界大会に出る日本代表選手は、
今後、他国から来た選手や、
ハーフやクォーターの選手ばかりになると僕は思います。
たぶん、どのスポーツでも、これは間違いないです。

だからというワケではないですが、
排他的な思考からは卒業してはどうでしょうか。
日本人だ、○○人だとかではなく、
どこの国籍だ、どの人種だという前に、
みんな「人間」という括りでいいじゃないか、
と僕は思います。

ハカ

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text by 赤様

ラグビー日本代表が、
優勝候補の一角であるアフリカ代表チームを倒しました。
このニュースはジャイアントキリングとして、
世界中で大きく報道されました。

僕もいろいろなスポーツを観ますが、
この試合は、全てのスポーツを含めても、
今年のベストゲームではないかと思っています。

さて、ラグビーの試合の前に、
「ハカ」呼ばれる儀式をするチームがあります。
こんなの見たことありませんか?


どうですか? カッコいいでしょ! 勇ましいでしょ!
これは2011年のW杯でニュージーランド代表が披露したハカです。

数年前にニュージーランド代表チームが、
本気の試合で日本に来たときに、僕は見に行きましたが、
それはそれはすごい気迫でした。

ハカは先住民族が行っていた儀式で、
それをラグビーの代表チームに取り入れたのだそうです。

実は、10月3日に日本代表が対戦するサモア代表もハカをやります。
サモアではシヴァタウと言うのだそうで、
上記のニュージーランドとはちょっとタイプが違いますが、
これが見れるのが今からちょっと楽しみです。

またこれは補足ですが、
相手がハカをするときはグラウンド上のある線より前に来てはならない、
というラグビー協会の公式ルールがあるらしく、
一部の国しかやらない儀式を、
そこまで尊重しているのもなんだか不思議に思います。

これは、ラグビーに興味がない人でもきっと面白いと思うので、
一度見てみてはいかがでしょうか。

300回

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text by 赤様

この僕のブログは今回で300回になるそうです。
ついにというか、いつの間にかというか、
両方の感情がありますね。

でもここまでやってみると、
やはり、コツコツやるというのは、
最も負荷の少ないやり方なんだなと思います。
積み重ね、大事です。

そういえば、子どもの頃に通っていた塾の先生に、
「コツコツやることが大事なんだよ」と
口酸っぱく言われたのを思い出しました。

さて、作家の方々と比較するのもなんですが、
彼らは「降りてくる」とよく言いますよね。
残念ながら、僕にはそんな神がかったことは今まで無いので、
とても羨ましく思います。
一度でもいいので、そんな経験をしてみたいものです。

でも、スムーズに書ける機会はちょっとずつ増えてきました。
わずかながら成長してきているのは嬉しい限りです。

振り返れば、これだけ続けてこれた一番の要因は、
好奇心や探究心が僕にあったからだと思います。
ホントこれが自分で自分を助けている気がします。

「こんなに好奇心がある人をみたことがない」と、
何人もの友人に言われたのが僕のプチ自慢(汗)ですが、
幸いにも、題材にしたいことは未だに尽きることがありません。
あとは簡潔でテンポのいい文章が書ければ言うことはないのですが、
これがナカナカ難しい・・・。日々精進ですね。

いつも読んでくださっている方々にはホントに感謝です。
これからも、ぜひともお付き合いくだされば、
ありがたく思います。

text by 赤様

「歳を重ねるのが楽しい」
ある著名人がテレビで語っていた。
その言葉がとても気になった。

歳を重ねるというのは、どういうことなのか。
生理的に老化していくのとは、
ちょっと違うんじゃないかと僕は思った。

それはいろんな出来事が複雑に絡み合いながら、
ちょっとずつ自分のなかに積み重なっていくようなものじゃないかと、
僕は考えた。

仕事をしているときも、
好きなことに没頭しているときも、
家族と過ごしているときも、
テレビを見ているときも、
人間は何かを感じ、思考は何かに影響される。

そんな様々な過程のなかから、
人との距離の取り方がわかり、
物事の分別や塩梅がわかり、
必要と不必要の境目がわかり、
効率的なやり方がわかり、
力の抜き方がわかるようになる。

わかることが増えると、心理的に余裕ができ、
自分自身をコントロールしやすくなる。

人はそれを経験値といい、
同時にネットワークができてくる。

こうしたことが基盤になって、
それに自身の好奇心が加わると、
歳を重ねるのが楽しいと思えるのではないか。

では、それに至るにはどうすればいいのか。
僕も詳しくはよくわからないが、
まだ学生の頃、人生の大先輩にこんなことを聞いた。

歳をとるにつれて、
人生が、だんだん楽になっていく人と、
だんだん面倒になっていく人と、
2つのタイプに分かれるのだと。

誰がどちらのタイプかなんて、
僕にはわからない。

でも、起こったことや、自身の状態をどう考えるかは人それぞれで、
どうやら僕は、そこにヒントがあるような気がしてならない。

text by 赤様

日常生活のなかで、
「ありがとう」という言葉、使っていますか。

自分のために誰かに何かをしてもらったとき、
そのお礼を伝えるのに、
「すみません」と言ってしまう人を多く見かけます。
きっと申し訳ないと思ってしまうのでしょう。
何を隠そう、僕もそうでした。

学生時代にアルバイトをしていたときのこと。
休憩時間に職場の女性(自分の母親くらいの年齢)の方に、
お茶を入れてもらいました。

「すみません」と僕がお礼を言うと、
「すみませんと言われるよりも、
ありがとうと言ってくれるほうが嬉しい」
と言われました。

お礼を言う側の気持ちとしては、
「すみません」も「ありがとう」も同じ気持ちなのですが、
受け手にとっては、まるで感じ方が違うのだなと、
ハッとしました。

と同時に、
「他人の為になるという嬉しさ」
というのを知ってはいたものの、
皮膚感覚で学ばされた貴重な機会でした。

考えれば、
お土産を買ってあげたり、プレゼントを渡すときって、
そういう思いがありますよね。
誰かに喜んでもらうと、やはり嬉しいものです。

ある著名人がこんなことを言っていました。
「親孝行だと思ってお金を送っても、親は喜ばなかったけれど、
親を頼ったほうが、逆に親は喜んだ」と。

良い考え方ではないかもしれませんが、
ときに甘えるのも悪いことではないのだなと思います。
もちろん甘えてばかりではいけませんし、自立は必要です。
でも、人との関わり方が上手い人は、
意外と甘え上手ですよね。

きっと人間の深層心理には、
ありがとうの言葉が聞きたい、笑顔がみたい、
というのがあるのだと思います。
特に女性や年配の方は、これに敏感な気がします。

そう考えると、
この世の中の荒波を上手く乗り切っていくヒントは、
ありがとうの授受を増やすこと。
そんな気がしてなりません。

高校野球が始まって、
今年で100年になるそうだ。

テレビで高校野球を観ると、
僕は監督さんに注目してしまう。

その表情は、
しょっちゅう怒っているプロ野球の監督とは大違いで、
いつも落ち着いている人が多い。
それも、時に微笑みが出るほど余裕のある表情だ。

高校野球は、プロ野球に比べて、
実力よりも勢いのあるチームが好結果を残すことが多い。
それがいくつものドラマを作ってきた。

反面、
ピンチだと、それを凌げる事が少なく、
ほとんどの場合悪い結果に繋がってしまう。

高校生は、ひとつひとつの事に精神的な振幅が大きい。
それがプレーに現れる。
若さなのだろう。

だから監督は、
どんな状況でも選手が動じないように取り繕う。

もしかしたら、様々な経験が重なって、
本当に動じなくなっているのかもしれない。
人生の苦痛困難に比べたら、
「たかが野球」くらいの心境なのかもしれない。

だからだろうか、常に淡々としていて、
何事も熟知しているかのような雰囲気がある。
言いすぎかもしれないが老いた僧侶のような貫禄。

僕の知人にも、
高校野球の監督になった人がいる。
どんな試合展開になっても、
どっしりと構えていられないとダメだ、
と彼は言っていた。

窮地に立ったとき、
人間は頼りにする人をみる。
その人に余裕があることで、心が落ち着くものである。

仏像の顔がなんとなく柔和な表情なのも、
そんな理由なのだと思う。

監督も教育者。
まず、ひとつ呼吸を整える。
余裕が持てると視野が広がる。
そういうことを遠回しに伝えているのだと僕は思う。
text by 赤様

高額の費用が話題になっていた新国立競技場。
ここにきて、
ようやく計画を見直す動きが出てきました。
でも大人の事情などが絡み合って、
はたして、どうなることやら。

確かにカッコイイに越したことはありません。
コンペをやっても構わないと思います。
でも、世界的な建築家が参加するのだから、
デザインフィーは相当なものなのでしょう。
税金が使われる公共事業で、それでいいのかな?
もしそうならカッコ良さもそこそこでいいと、
僕は思ってしまいます。

それよりも機能性や耐震性が第一。
で、観戦者が見やすく、障害者にやさしく、
費用がかからないのが理想ですよね。

多くの人たちが問題視する2500億という建設費ですが、
横浜の日産スタジアムや埼玉スタジアムが600~800億ほどなので、
オリンピックというシンボルリックなことを考慮しても、
1000億くらいには抑えてほしいですね。

この件を受けて、
今までの競技場を改修すれば?
という意見を多く聞きました。
もう取り壊してしまって跡形も無いですが、
陸上競技ファン、サッカーファン、ラグビーファン、
多くの人に愛されたと聞いています。

スポーツ好きな僕は、
たぶんトータルで100回くらいは行ってると思います。
とっても見やすくて、いい競技場でした。

新しくできる競技場も、
多くの人に愛されるものになってほしいと僕は思います。

oldkokuritsu.jpg


text by 赤様

次の芥川賞、直木賞の発表が、
7月16日に行われます。

今回は、又吉直樹の「火花」も候補にあがり、
賞に対する露出がいつもより多くなるかもしれませんね。

さて、そこで問題です。
芥川は、龍之介。
では、直木は?
これを知っている人は意外と少ないでしょう。
直木は、直木三十五と言います。
この機会に覚えておきましょう。

芥川賞と直木賞は、年に2度発表があり、
新鋭作家の登竜門となっています。
他にも様々な文学賞があり、
毎年毎年、多くの作家が世に出ていきます。

でも日本では、
印税と原稿料で食べていける作家は、
50人くらいしかいないのだと、
ベストセラー作家の林○○○さんが言っていました。

芥川賞をとったのに、
生活保護を受けている人もいるのだとか。
そんなことを聞くと、
本は、今の値段でいいのだろうか?
なんて考えてしまいます。

本離れとよく言われますが、
余暇を楽しむ余裕がこの国全体でもう少し増えたら、
少しは変わっていくのでは?
と期待せずにはいられません。

そう、楽しむと言えば、
僕には以前から疑問に思っていることがあります。
文学というのは、どうして文を学ぶと書くのでしょうか。

音楽が音を楽しむ「楽」という字を使うように、
「文楽」に変えようと提案したい。
小説は楽しむものなのにね。

カルチャーは楽しむ方向へ。
そんな思考にシフトしたほうが、
需要は伸びていくと僕は思います。

昼間のパパ

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text by 赤様

21日は父の日だ。
そんなことをテレビで知らされて、
こんな歌を思い出した。

♪昼間のパパは ちょっとちがう
 昼間のパパは 光ってる
 昼間のパパは いい汗かいてる
 昼間のパパは 男だぜ~

これは、忌野清志郎の「パパの歌」という曲。
1990年に清水建設のCMで使われていたので、
ご存知の方も多いと思う。

たしかに、自営業でもない限り、
仕事をしているお父さんの姿を見る機会って、
なかなか無い。

人間、誰でもがんばってる姿はカッコいい。
日本のお父さんは、昼間が一番がんばってる。
だから、がんばってるのが良いか悪いかは別にして、(笑)
たぶん昼間が一番カッコいい。

そんな姿を見せられないのって、
カッコいい姿を見せられないのって、
かなり、損だと思う。
一番身近な家族にさえ見せられないなんて。

でも、お父さんからしてみれば、
「そんな姿見せられるか」って思うだろうね。

先日、こんな記事を目にした。
子どもが抱くお父さんの評価は、
お母さんがお父さんにどう接しているかで、
概ね決まるのだそうだ。

お母さんがお父さんのことを
ポジティブに評価している家庭の子は、
お父さんが大好きなんだって。

昼間のお父さんの姿を家族に見せたら、
お父さんの株がもっと上がると思うんだけどな。
text by 赤様

鳥取県にスタバができた。
それまで、全国で唯一スタバが無かった。
ダジャレ好きな知事は、
「鳥取にはスタバは無いが大きな砂場はある」と、
状況を逆手にとり、何気なくアピールしていた。

聞くところによると、
鳥取は1世帯当たりのコーヒー購入量が全国2位らしく、
待ちに待った出来事なのだろう。

スタバは僕も好きだが、
その味もさることながら、
他にも興味をひかれる点がいくつもある。

たとえば、広告費がゼロなのに、
あのようなブランド力があることは驚きだ。

でも僕は、特徴がある店が多いなと思っていて、
そんな店の写真を撮ったりしている。
今日はそのうちの2つを紹介しようと思う。


rokkakudo.jpg

これは京都にある烏丸六角店。
六角堂という、わりと人気の観光スポットが、
通りから奥まったところにあるが、
手前のビルの壁をガラスにして、目抜き通りから、
その六角堂を見えるようにしてしまったという、
なんとも大胆な発想だ。

意外と大きく重量感のある建物を、
まるで壁の絵のように見せているのが面白い。



ijinkan.jpg

これは神戸の北野異人館店。
なんと明治時代の洋館を1軒まるごとお店にしてしまった。
だから雰囲気の良さは最高。
電球の黄色い灯りやちょっと古めの椅子が、
めっちゃマッチしている。

2階建ての内部はいくつもの部屋があるが、
おそらくいつも混んでいるだろうと思う。
店内の写真を撮りたかったのだが、
この日も混んでいて、さすがに気がひけた。



スタバは、国内1,000以上の店舗があるそうで、
その中には、面白そうなお店がまだまだあるはずだ。
コーヒーで一息するのもいいけど、
そんなお店を探すのも、また楽しみでもある。

text by 赤様

ある娯楽や文化が、
何かのキッカケで急に人気が出ることがある。
今のランニングブームもそうだし、
サッカーも、昔はマイナーだった。

最近、その娯楽をするようになった、
という人のほとんどは、直前までは素人だったはず。
だから、娯楽や文化の発展は、
素人がカギを握っていると言っていいと思う。
素人を取り込まないと認知度は上がらないし、ファンは増えない。

だいたい彼らの入り口は、
「カッコイイから」とか「かわいいから」という理由が多い。
いわゆるミーハー。
当然、彼らには知識がなく、
それを良しとしないマニアからはだいたい煙たがられる。
でも、それを歓迎しないと、その娯楽に明日はない、と僕は思う。

キャパが広がらないと、
キャラクターだったら新しい商品は開発されないし、
映画やドラマだったら続編も作られない。
市場規模を考えると、マニアだけでは小さすぎて、
商業的には難しい分野というレッテルが貼られてしまうのだ。

マニアは気分がいいだろうが、
熱狂的な雰囲気が、ときに宗教のようにもみえてしまうし、
仲間内だけの閉ざした空気感は、
新しい人が気兼ねしてしまう。

また、昔は良かったと振り返ったり、
「そんなことも知らないの?」なんてことは、
絶対に言わない方がいい。

そんなことだと、
「やっぱり、いいや」と
人は、やがては離れていってしまう。

世の中には、マニアよりもミーハーの方が圧倒的に多い。
だから、排他的ではいけないのだ。
人口減少、少子高齢化の昨今では、
素人を獲得できないと、いずれ廃れていってしまう。

プロ野球の広島カープが新幹線をチャーターした。
カープ女子などのファンに、広島へ応援に来てもらうためだ。
カープの本気度が想像できる。

山ガール、カメラ女子、相撲女子、料理男子・・・
あなたが好きな娯楽は、将来どうなるだろう。
text by 赤様

外苑前の駅から神宮球場へと続く道。
その途中によく行くラーメン屋がある。
連休中、秩父宮でラグビーを観たときに立ち寄った。

こうしたお店には、
海外から来た人たちが働いているのをよく見かけるが、
この店にも、そんな人たちがいる。

彼らの多くは、あまり日本語が上手くないが、
このお店では、そんな彼らの必死さがみえて、
いいなと思っていた。
なぜなら、カウンターの裏側に、
たくさんの注意書きが貼られているからだ。

彼らには悪いが、
そのうちのひとつに思わず笑ってしまった。
「メンマとしなちくは同じもの」
そう書いてあった。
なんとも微笑ましい。

ビールを飲んでいるおじさんたちが、
「メンマ」とメニューに書いてあるのに、
「しなちく」と注文するのだろう。
そもそも、なぜ言い方が2つあるのだろうか。
日本語がカタコトの彼らにとって、
これは大きな問題だ。
ま、そんなことは置いといて。

2020年には東京オリンピックがあり、
また政府も、
海外からの観光客を増やして外貨を稼ごうとしている。

僕らができることがあるとすれば、
彼らの言葉使いに寛容になることなのかなと、
僕は思う。

僕らが海外で完璧な英語が話せないときでも、
快く対応してくれる現地の人のように。
text by 赤様

4月前半は肌寒かったですね。
でも、週間予報では、初夏のような陽気が続くのだそうです。
まだ、ゴールデンウィークを迎えようという時期なのに。

気温というのは、波のように上下しながらも、
ゆっくりと上がっていくもので、
それによって僕ら人間の感覚も、
徐々に徐々にその季節の気温に慣れていくものです。

でも「慣れ」って、何なのでしょう。

「ジョホールバルの歓喜」と呼ばれる1997年のサッカーW杯予選で、
当時、日本代表監督だった岡田武史は勝因を聞かれ、
「コンディショニングです」と言いました。
晩秋だった日本からマレーシア入りした日本代表の選手は、
高温多湿の対策として1週間前に現地に入りました。

人間は口とともに皮膚でも呼吸をしていますが、
暑いときと寒いときとでは、
皮膚の孔(あな)の大きさが変化し、
身体の熱の発散の度合いを調節しています。

冬は体温を逃がさないためにこの孔が小さく、
夏は逆に熱を逃がすために拡がります。

しかし、違う気候のところに順応するまでには、
ある程度の時間がかかるため、
日本代表は1週間も前から現地入りしたのです。
だいたい2~3日前というのがサッカーの場合は多いのですが。

その甲斐あって、その試合でのコンディショニングの差は歴然。
湿度が低い国である対戦相手のイラクは、
2日前に現地入りしたことも影響し、後半は全く走れなくなって、
ご存知のとおりの結果です。

僕らも、夏でもない時期に急に暑くなると、
身体がだるくなったりするのは、
そうしたことが影響しているようです。

慣れというのは、良い効果も生む一方、
衰えると順応しにくくなるという一面もあります。
でも、これは人間の素晴らしい能力でもあるので、
そこをちゃんと把握して上手に対応したいですね。
text by 赤様

桜を見ていて、
ある染織家が話していたことを思い出した。
桜の木の枝を煮出して染料をとり、それで糸を染めると、
桜の花びらの色に染まるのだと。

幹や枝からとったのに、
花の色になるという、この不思議。

幹だけをみても、
花のあの美しさも、花びらの色も、
想像なんてできない。
でも、花が咲く、咲かない以前に、
きっと美しさが幹に内包されているのだろう。

それはまるで、
内面がきれいじゃないと、美しい花は咲かないのだと、
桜に言われているようで、ちょっとドキっとした。

桜が美しいのはなぜなのだろう。
春になると、そんなことを毎年考える。
僕が至った結論は、
「上を向かせるため」なんじゃないかと思う。

春は日本では節目の季節。
希望の季節なんて言われ方もする。
そう。人生を歩くには、希望が必要だ。

その新しい門出に希望を持たせるために、
人の頭上で爛漫と咲き誇り、
「さあ、上を向こう」と、
促してくれているのだと思う。

人の意識を上向かせる桜からのエール。
そんな思いを意気に感じ、
僕らは、自らの人生をどんな色に染めていこうと思うのだろう。
text by 赤様

あるライターさんから、こんな話しを聞いた。

そこは、取材のために何度も通っている、
途上国の難民キャンプ。
開設当初は何にもない泥だらけのところだった。
手を洗うところもない。
汚水も排泄物もすべて垂れ流し。
不衛生極まりない。

あるとき、その水の流れの近くに、
花が飾られていることに気づく。
聞くと、森まで行って摘んできて、
周りに植えたのだそうだ。

そのキャンプに、数年後に行ってみると花が増えている。
また何年か経って行くと花だらけになっている。

そして、花が増えるとともに、
また違う変化にも気づいた。
汚い水の流れが改善し、衛生面が良くなっていた。

そんな内容の話しだった。

花があると、人の気持ちが変化する。
それを大事にしようと気をつかったり、
周りをきれいにしたり。

花ではなくても、
儚く気高いものや、お気に入りのものがあると、
おそらく誰でも同じようにするのではないだろうか。

心のゆとりがなかったり、
満たされないと不満を抱えていたりすると、
こうしたことにまで気がまわらない。
でも、それでは勿体無いし、
そんな人生は味気ないと思う。

春が訪れた。
桜をはじめとした花の季節。
花を見るときは、
せめてそのくらいの心のゆとりは持ちたいと僕は思う。

text by 赤様

先日、ネット上で、ある洋服の画像が話題になった。
ご存知の方も多いと思うが、
その洋服の色が、
「青と黒」に見える人、「白と金」に見える人、
あるいは、そのどちらでもないという人までいて、
ちょっとした騒ぎになった。

blueblack.jpg

なぜ、人によって違う色に見えるのか不思議だが、
詳細はいろいろなサイトで数多く語られているので、
そちらに任せておいて・・・。

それよりも、
この現象を、いかにして発見したのか、
ということに僕は興味がある。

なぜなら、自分が見ているサイト上の画像を、
他人が違う色に見えているなんて、
僕は思わないのだが、皆さんはいかがだろうか。

おそらく第一発見者は、周囲の人と会話をしているときに、
「この青い服がさぁ・・・」
「え? この服のどこが青なの? 白でしょう?」
なんて展開になって判明したのだと思う。
この発見というのは、僕はすごいことだと思う。

暑さ寒さ、音の大小、甘さ辛さ、明るさ暗さなど、
こうした感覚は人間が成長するにつれ、
個人差があることをいつの間にか学習する。

でも色については、
当たり前すぎるのか、なかなかそういう機会がない。
でも、考えてみれば、
目についても近視遠視、視野の広さ狭さがあるように、
色の見え方に個人差があってもおかしくないハズだ。

そう考えると好奇心がフツフツと芽生え始めてくるのだが、
そんなこと調べはじめたら、おそらくドツボにはまりそうだから、
今回はやめておこうと思う。

さて、
騒ぎの最後に、ひとつのセンセーショナルな画像が登場した。
僕には、この下の画像が金と銀に見える。
決して青と赤には見えない。
みなさんはいかがだろうか。(笑)

kingin.jpg

text by 赤様

僕は花粉症ではありません。
でも、杉の木について、先日こんな話しを聞きました。
杉の木を伐りたいのは、花粉症の人たちだけではないのだと。

ここ数年、集中豪雨による土砂災害が多いですが、
その要因のひとつとして、
杉の木が伐られていないというのがあるそうです。

木々が過密状態になると大きく育たず、
また下草が生えにくくなって、地盤が安定しにくくなるので、
間引く必要があるのですが、
現実は、伐るべき杉の5%しか伐られていないのだそうです。

伐りたい生産者、伐ってほしい花粉症患者、防災したい地域住民。
これだけの一致があれば、
ビジネスチャンスって感じもするんですけどね。

職人の日当からみても、
杉を1本伐るのに300円ほど、
木を運び出すのに150円くらいと、わりとリーズナブル。

それに最近は、林業に携わるボランティアもいるし、
林業女子なんて人たちも現れてきている。

ちょっと山には行けないけど、という方には、
たとえば耳鼻科に寄付金箱を置き、そのネットワークをつくれば、
それが伐採の手助けになるかもしれない、
なんて案も聞きました。

課題は、やっぱり消費。
杉を使ってくれる人、杉を使った商品をどう増やすか、というところ。
そんなことを密かに企てている人、
日本のどこかにいないのでしょうか?

そうでなくても、
これだけ患者数が多いのですから、
資金や決定権を持ったビジネスエリートが、
その中にいてもおかしくはないはずですよね。

実際に杉の木が少なくなれば、
症状が軽くなるのかどうかは、わかりませんが、
いてもたってもいられない、何か行動したいと思う方は、
少なくないのではと思ったりもします。

花粉でお悩みの方、いかがでしょうか。

現代文

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text by 赤様

受験のシーズンを迎えています。
受験生には、ぜひともがんばってほしいですね。
僕の受験は思いどおりにはいかなかったので、
だからこそ、がんばれよって思います。

そんな僕が、ひとつだけ受験で良かったことをあげるとするなら、
現代文(現代国語)ですね。
これが最も伸びました。
予備校の先生も良かった。
先生に占める割合って、やっぱり大きいですよね。

「現代文はどうやって勉強したらいいのかわからない」
という意見をよく聞きました。
「やり方がわからないから勉強しない」という人までいました。
でも実感としては、
これこそちゃんと学ぶべき、と僕は思います。

というのも、
社会に出てからも、
簡潔に自分の意見を伝えなければならなかったり、
何かしら契約するときだったり、
硬い文章を読んだり、書いたりすることって多いのです。

たとえば、かなり難しい文章でも、
主語と述語(動詞)だけを追っていけば、
言いたいことは、なんとかわかる。

もうちょっと掘り下げると、
名詞はモノ名前、述語(動詞)は主語の行うこと。
形容詞は名詞を飾る役目。
接続詞は前の文章を強調や転換させたいときの記号。
そう、言葉が記号だとわかれば、
そこから文脈や構成がたどれるので解釈方法が探れるのです。

作文が大の苦手だった僕が、
こうして何年もブログを書いていけるのも、
振り返ると、このおかげのような気がします。

言葉はコミュニケーションの土台であり、
物事を考えるための道具です。
これは一生モノですよ。

僕は学生の頃は勉強嫌いで、
どうやって凌ぐかばかりを考えていました。
その反動なのか、歳を重ねるたびに、
向学心がどんどん膨れあがっています。

そんな理由で、
あのとき言葉の感覚を磨けて良かったなと、
今になって、つくづく思うのであります。
text by 赤様

2月を迎えようという昨今。
振り返れば、去年の2月は、
首都圏は2週連続で大雪に見舞われた。

「週末でよかったと」胸を撫で下ろした人も多かったのでは。
僕も、とりたてて用事が無かったので、
おとなしく在宅組だった。

しかし、ウチのベランダはご覧のとおりの大雪警報!

snow.JPG

「窓を開けたら雪国だった!」(笑)
庇(ひさし)がないとはいえ、こんなにも積もるのか!
というほど。
手前に置いたCDと比べると、どう? この量。

おかげでエアコンの室外機が埋もれ、故障のおそれもでてきた。
なので、早く救わねばと救出作戦を試みる。
しかし、凍っていて網戸が開かない。(汗)
網戸ごしにお湯をかけて手前の雪を溶かし、
どうにかこじ開けた!

この雪の量、呆れる、というより笑えてくる。
思わず写真なんぞ撮ってしまったのが、上の写真。

おっと、こうしちゃいられない。
室外機を救うのだった。

しかし、雪国ではないので、道具がない。
使えそうなものを探したら、
A4版のカッターマット(下敷きをぶ厚くした感じのもの)か、
まな板しかない。
さすがにまな板は気が引けるので、
カッターマットを使うことに・・・。

格闘すること1時間半。
どうにか室外機の風の通りを確保した。
安堵、安堵。
雪国の人には失礼だけど、
もうこんな雪は、もうこりごりだな。
でも、かまくら作りや雪合戦ならやっちゃいそうだけど・・・(笑)

さてさて、今年も大雪が降るのかな?
と思っていたら今日は雪の予報。
やっぱりスコップは買っといたほうがいいかな、
と迷う今日この頃。

text by 赤様

2015年になりました。
今年もよろしくお願いいたします。

さて、去年1年間を振り返るブログをと考えていたときに、
僕ならではの切り口って、何かないかなと思っていました。

僕は、哲学や独自の価値観のある人や、
好奇心旺盛な人の話しを聞くのが好きなので、
その年印象に残った人を紹介しようと考えました。

今回は、その中から7人を選んで紹介しようと思います。

■東田直樹
NHKで彼を特集した番組が放送されました。
かなりのインパクトでした。
僕が知っているだけで4回以上は再放送されたはずです。
それだけ反響が大きかったと言えるでしょう。

彼は自閉症の若者です。
ですが、彼には文章が書けます。何冊か、本を出しています。

かつて日本で講師をして自身の子も自閉症というイギリス人が、
彼の著書を翻訳し、イギリスではベストセラーになりました。
今では世界20カ国以上でその本が出版されています。

僕の知っているいくつかの大きな書店では、
彼の本が平積みされたり、コーナーが設けられていたりしています。

その本のおかげで、
不明だった自閉症の様々な面がわかってきて、
医学的な研究の方でも注目され、講演依頼も後を絶たないのだそうです。

自閉症の人がとる奇妙な行動や、大きな声を上げる理由は、
極度の恥ずかしさからくるのだそうです。

自分の症状や心境を公開すること自体、
自閉症とは矛盾していますよね。
そこが僕が不思議に思う点でした。

人間というのは、誰でも心の中で矛盾をかかえているものです。
自閉症であるにも関わらず、
自分の気持ちを素直に、純粋に表現する彼に対して、
この番組を見ていて、どんどん好感が持ててきました。
同時に、いつの間にか彼が自閉症だということさえ忘れてしまいます。

そして「自閉症というフィルター」をかけているのは、
僕らなのだということに気づき、ハッとします。
そう思わされるから彼は注目されるのだろうと、僕は思います。


さて、他の6人はどんな方々か。簡単に紹介します。

■石川善樹(予防医学研究家)
去年、僕が最も面白いと思った人です。東大やハーバード大を出たとても頭のいい方です。
何より彼の着眼点が秀逸です。このブログのネタのヒントを何度もらったことかわかりません。
NEWS WEBというニュース番組に週1度出演しています。

■坂茂(建築家)
去年、建築界のノーベル賞と言われる「プリツカー賞」を受賞しました。
昨今は芸術的な建物が注目され、行き過ぎではないかと思うほどの建物も多いです。
しかし、紙製のパイプや廃材などを材料にする彼の考え方は独特です。
被災地や途上国支援など、弱者に対しても積極的に行動し、
建物だけでなくその供給システムまでも構築するほどで、素晴らしいと思います。

■ちきりん(社会派ブロガー)
この混沌とする世の中を、どう考え、どう乗り切ればいいのかを、
自身のブログを通して提案してくれます。
将来を、ちゃんと、でもやんわりと考えたいなら要注目です。

■新垣隆(作曲家)
お騒がせした佐村河内さんのブラックライターです。
なぜ彼は、こんな才能があるのに影で活動していたのだろう。
その才能を野放しにしておくのは、あまりにももったいないと僕は思います。

■川崎宗則(メジャーリーガー)
彼のインタビューが話題になりました。
言葉がわからなくてもアメリカに溶け込もうとする姿に、日米問わず賞賛の声があがりました。
こういう姿勢とその度胸は素晴らしいと思います。

■エディ・ジョーンズ(ラグビー日本代表監督)
日本のラグビーを飛躍的にレベルアップさせた指導者です。
これまでコテンパンにされていた強豪国とも、ちゃんと戦える日本代表をつくりあげました。
今秋のワールドカップがとても楽しみです。


このほかにも、多くの人の話しを聞きましたし、
印象深い方も多くいました。
何かの折にふれ、紹介できたらと思います。
text by 赤様

本来なら、読んだ本を紹介しようと思っていたんです。
でも、今年もあまり本を読めませんでした。

自分の中で、読書の優先順位がそこまで高くなかったり、
読むスピードが遅いというのもあるんです。
でも、そんな言い訳をしてもしょうがない。
ならば、買った本を紹介してしまおうと、
機転を利かせることにしました。(笑)

周囲から「どんな本を読むの?」とよく聞かれます。
僕は、フィクションは読みません。

子どものころは、読書の習慣が全く無かったので、
「よし、これからは読書をしよう」と思い立ったのが高校3年のとき。
ちょうど受験の時期で、
それにも役立つようにと、現代文の先生に進められたのが、
金田一春彦さんの「日本語」という本でした。

それ以降は、
堤義明(西武)、本田宗一郎(ホンダ)、松下幸之助(パナソニック)、井深大(ソニー)
などなど、企業の経営者に関するモノや、
(本田宗一郎は面白かった・・・)
好きなスポーツの本が多かったですね。

では、今はどうかというと・・・

book2014.jpg

まあ、だいたいこんな感じです。
これは2014年に買った本の一部ですが、
だいぶ趣味が変わってきましたね。

そう、スポーツ好きな僕が、
意外とスポーツが多くないんですね。

最近は、出版不況の影響でしょうか、
難しいことを柔らかくみせる本が増えています。
これも編集者の苦心の賜物(たまもの)なのでしょう。
しっかり作りこんだ面白そうな本って、結構多いんですよね。

僕がオススメするとしたら対談形式になっている本。
口語で書いてあり、どの分野でも難しいことが噛み砕いてあるので、
とても読みやすいです。

そんなワケで、
僕の部屋には、まだ手をつけていない本が山ほどあります。
2015年は、これを機に1冊でも多くの本を読もうと思っています。
さて、その時間をどうやってつくろうか・・・。
やっぱり、寝る時間を惜しむしかないのでしょうか。
でも、眠れずにヒツジを数えるよりもマシですよね。(笑)

方言の体温

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text by 赤様

沖縄の島々で使われてきた伝統的な方言のことを、
「しまくとぅば(島言葉)」と言います。
それに対して、日本本土で話される標準語のことを、
「ヤマトグチ」と言います。

でも、最近は地元で生まれて育った人でさえ、
しまくとぅばで喋る人は少なくなり、
両方がごちゃごちゃになった
「ウチナーヤマトグチ」を使う人がほとんどで、
それゆえ、しまくとぅばが絶滅の危機にある、
というニュースを見ました。

これは、あまり大きな話題になっていませんが、
世界遺産でおなじみのユネスコが、
しまくとぅばを絶滅危惧に指定したほど、危機的な状況なのだそうです。

しかも、しまくとぅばというのは1種類ではなく、
奄美語、国頭語、宮古語、八重山語など、たくさんの種類があり、
地域が違うと、言っていることがわからないときもある、
というから驚きです。

僕は方言が好きで、
全国にいろんな方言があることが面白いことだと思っています。
地元の言葉も使える人を、ある意味羨ましいとさえ思うくらいです。

それってバイリンガルじゃん?
(「じゃん」とは僕が育った横浜の方言と言われていますが・・・)
なんて思ってしまいますが、
方言って、言語(日本語やフランス語などのこと)ではないですよね?
そう考えると、方言と言語の違いって何だろう?
という疑問が湧いてきませんか?

以前、僕が受験生のときに、
金田一春彦さんの本で読んだのですが、
それによると、言語なのか方言なのかの定義は、
方言を喋る地域の人々が標準語を理解できるかどうか、
という基準で決まるのだそうです。

どういうことかと言うと、
TVやラジオなどのメディアでは、
標準語(というか関東の言葉)が使われていますが、
方言を使うどの地域の人々もみんな標準語が理解できるので、
日本では「日本語」というひとつの言語であり、
各地域に方言がたくさんある、
ということになるのだそうです。

でも、方言を使うある地域の人たちが、
標準語を理解できなければ、
それは方言ではなくて独立した言語になるのだそうです。

それは、沖縄のような標準語とは大きく違う方言でなくても、
標準語と関西弁くらいの違いでも独立した言語になるのだそうです。
なんだかおもしろいと思いませんか?

僕には宮古島に友達がいます。
彼が東京にいたときに、
宮古島の同級生との宴に
連れて行ってもらったことがありました。

僕ひとりだけナイチャー
(沖縄の方言で「内地(日本本土)の人」の意)で、
まったく言葉がわかりません。

その友人に通訳してもらったのですが、
彼らはそれを煩わしく思わず、
温かく迎えてくれたのは何より嬉しかったことで、
しまくとぅばが、その心地良さを助長していたようにも思います。

僕は方言の独特の言い回しに
体温を感じることがあるのですが、
もしかしたら、その土地で育った人々の温かみや愛着が、
方言には含まれているような気がしてなりません。
方言を操る人は、
それを失わないようにしてほしいと僕は思います。

text by 赤様

素朴な疑問なんですが、
経済の研究がこれだけ行われているのに、
経済が上向かないのはどうしてなのでしょうか。

たとえば医学は、医療の向上にあんなにも貢献していて、
治療や医療技術の進歩は目覚しいものがあります。

経済は、大学の先生だけでなく、シンクタンクがあったり、
金融機関や大企業にも研究員を置くところもあるほどで、
研究している人の数は、かなり多いのだろうと思います。

小泉首相のときの竹中平蔵のように、
時の総理大臣には、
経済対策専門のブレーンがいるに違いないと思いますよね。
でも、彼らが様々な手を打っているにもかかわらず、
その成果はご存知のとおり。

だとすると、
経済学というのは、未来を良くする学問ではないの?
考古学や統計学のように過去のことを検証するだけ?
なんて思うのであります。
現象を分析するだけなら経済史という学問でいいはずですよね。

人間というか、大衆の心理は、
なかなかコントロールできないのはわかりますが、
消費に対する人間の動機や、企業活動も、
それと同じことなのでしょうか。

日本では、文系の大学なら、
そのほとんどに経済学部があります。
朝の電車の中でも、
あんなに多くの人が日経新聞を読んでいます。

でも、興味深いと思うのは、この国に住んでいると、
日常で経済や政治の話しがほとんど出ませんよね。
「この国はどうなっているの?」と、
海外から来た有名人の何人かから、そんな意見を聞きました。
日本では、せいぜい、
サラリーマンが居酒屋でするくらいですからね。
ひょっとして、ホントはみんな無関心なのでしょうか。
それが根本的な原因だったりして・・・。

どなたか詳しい方、教えてもらえませんか。
とりあえず、僕も本でも読んでみようと思います。
text by 赤様

土曜日の羽生選手の演技が話題になっている。

フィギュアスケートの国際大会で、
羽生選手は直前の練習で負傷したにもかかわらず演技をした。
身体もそうだが、何より脳へのダメージが心配された。
メディアではあまり大きく扱われなかったが、
SNSでは大騒ぎになった。

ファンの意見は「あんな状態でも演技をして感動した」
という賞賛の意見が目立った。
一方、他の選手やコーチなどのスポーツ関係者や医療現場からは、
「なぜ止めさせなかったのか」と否定的な意見が多数を占めた。

彼は数分間、氷の上に倒れたままで、
係員の手を借りなければ立ち上がれないほどだった。

脳震盪だとすると、
選手生命だけでなく、人生にまで影響を及ぼすこともある。
これがアメリカであれば、
強制棄権かそれ相当判断がなされるのだそうだ。

脳震盪から正気にもどるまでは人間は植物状態である、
という研究発表もあり、
NFL(アメリカンフットボールのプロリーグ)は、
引退した多くの元選手から脳震盪の後遺症で訴えられている、
という報道もある。

また、セカンドインパクトというらしいが、
脳震盪の状態でもう一度ダメージを食らうと、
これはもう致命的なのだそうだ。

幸い大事には至らなかったが、
これは、そんな状態が懸念されるほど危うい出来事だった。

彼も金メダルを獲るほどの選手だから、
そんな状態でも演技するほどの精神力があるのは理解できる。
その彼の心の強さには、僕も拍手を贈りたい。

でも、少なくともマスコミは、
それを賞賛するだけではなく、
同時に、こんな危険もあるのだと告知すべきではなかったか。

このようなことは、トップアスリートの試合だけでなく、
少年野球や地域の運動会でも起きうるのだ。
何よりも、一般の子どもたちが、
同じような状況になった場合が心配だ。
「あのとき羽生選手は演技をしたんだから」
という雰囲気になってしまうのが最も怖い。

彼は影響力のあるトップ選手。
それを考えると、症状の大小にかかわらず、
彼は演技を回避すべきだったと僕は考える。

そして、日本のスポーツ界は、
その発展や東京オリンピックへの選手育成を謳う前に、
このようなガイドラインを、
すべてのスポーツ現場で早急に定めるべきである。

判断が難しい場合は迷わず棄権させ、
たとえ症状が軽くても、
大事に至らずに良かったと考えるべきだと思うのだが、
いかがだろうか。

どんなタイトルや目標よりも、
人生、生命のほうが大事なのだから。

text by 赤様

1964年10月10日。
この日、東京オリンピックの開会式が行われました。
それから今年で50年になります。

当時を知る人によると、
オリンピックの盛り上がりというのは、
2002年のサッカーW杯のそれとは、
比較にならないくらいすごいそうです。

そのとき、僕はまだ生まれていませんので、
これを語るのは諸先輩方にお任せするとしましょう。

さて、オリンピックを開催するということは、
単純にスポーツだけの話しではないと僕は思っています。

たとえば、新幹線や首都高速が、
1964年のオリンピックに合わせて開通したのはご存知だと思いますが、
トイレの男女のマークが全国にひろまったのも、
オリンピックがきっかけでした。

そんなふうに、
オリンピックを機に、街が、社会が、
だんだん姿を変えていくことも、
僕としては面白いことだと感じています。

では、2020年に向けては、どう変わっていくのでしょう。

多くの報道陣が来日するので、
街のwifiなどの通信網は格段にパワーアップするでしょう。

外国から大勢の観戦客も来日するので、
看板も数ヶ国語が併記されたものにしなければなりません。
(すでに駅などは改善されていますね)

また、パラリンピックも開かれるので、
老人や障害者が外出しやすい設備も確実に増えることでしょう。
でも、これは同時に健常者にも有益で、
自転車やベビーカー、荷物を運ぶ台車が、
通りやすくなるという効果もあったりします。

ほかにも、各業界の人たちが、
自らの業界とオリンピックとの接点を考えて、
オリンピックを機に一旗あげようなんて企んでいることは、
間違いないとさえ思わせます。

目に見える街の変化は、人々の高揚感を煽り、
メディアがそれに滑車を掛けます。
1964年の盛り上がりというのも、
おそらくそうした要素があったのでしょう。
ならば、2020年も同じようなことが想像できると思います。

2020年のオリンピックの開会式は7月24日。
あと6年です。
東京が、日本が、
どう変わっていくか、とても楽しみです。

円光寺

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text by 赤様

さて、11回目の京都ネタです。
今日は、洛北にある円光寺というお寺を紹介します。

このあたりには、
小さいけどいい感じのお寺がいくつもあって、
京都好きならば、ぜひとも訪れたいところ。

京都の中心部から離れていて、
なおかつ近くにメジャーな施設がないので、
ハイシーズンでなければ結構空いています。

中門を入ると苔に覆われた整った庭が迎えてくれます。

niwa01.jpg

でも、ここで庭に見入るのではなく、
とりあえず建物の中に入りましょう。
靴を脱いで、建物のなかからその庭を見てください。

niwa02.jpg

きれいな苔や木々の色を愛でるのも良し。
静けさに気持ちを落ち着かせるのも良し。
物思いにふけるのも良し。
その時間と空間を堪能しましょう。

そして最後に庭をひと回り。
お地蔵さんのなんとも言えない微笑みに、
こころがほぐれることでしょう。

jizo.jpg

教えたがり

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text by 赤様

人間は基本的に「教えたがり」だと僕は思います。
だって、聞いてもいないのに口を挟んでくる人って、
よくいませんか?(笑)

彼らは優越感を持ちたいのか、
はたまた相手の力になりたいのか、
理由は人それぞれだと思いますが、
学校でも職場でも、こういう人、どこにでもいます。

かくいう僕もそうかもしれませんが、
ま、それは置いといて。(笑)

聞けば親切に教えてくれるし、
こういう存在はホントにありがたい。
でもときどき鬱陶しいですが(笑)、
たぶん、これは人間の本能なのでしょう。

最近、日本でもボランティアが根付いてきていますが、
この人たちって、
まさにボランティアだと、僕は思うのです。

ところが、知識や情報を得ようとすると、
これが、市場では商売になってしまいます。
僕はこれが不思議でなりません。
世の中にこれだけ教えたがりが存在するにもかかわらず。

需要と供給という見方で考えると、
まだまだ供給が足りないのでしょうか。
それとも人間の知識欲は、それ以上に計り知れないのでしょうか。

知識や情報は、
本を買ったり学校に通うなどして、その分、金を払います。
これを高いと思うことはあっても、
金を払うこと自体に疑問を抱く人は少ないでしょう。
でも、教えたがりには絶対に金など払わない。
請求されても払うもんか!(笑)ってな感じです。

でも、そうです。そこなのです。
知識を得るのに、本来、金なんか必要ない、と僕は思うのです。
そこで、教えたがりボランティアを、
もっと活かすべきだと思うのです。

日本は、生活水準が高くなったとはいえ、
低所得を理由に学べない人もまだまだいますし、
小遣い制のお父さんだって向学心はあると思います。

そう考えると、
知識を身につけて社会貢献したいと思っている人の意志を、
活かせていないと言えますよね。

せっかく学びたいという需要と、
教えたいという供給が揃っているという現状があるのです。
これを活かせないのは、
社会としてマイナスではないのか、
とさえ僕は思ってしまいます。

ちょっと大袈裟ではありますが、
これはマジメに考えるとちょっと面白そうだなと、
僕は秘かに思っています。
text by 赤様

氷で作られたビンにコーラを入れて、
気持ちよさそうに飲むCMが、
この夏、印象的でした。

この発想は、冷たいものが飲みたい人なら、
子どもでも思いつきそうなものですが、
それを、コカコーラ独特の明るく軽快な雰囲気で、
愉快に見せてしまうのは、さすがと思わせます。

コーラのビンと言うと、僕なんかは、
飛行機から落ちてきたビンを、
ブッシュマンが不思議そうに扱う映画のワンシーンを思いだします。

それを懐かしいな、などと思っていたときに、
以前、こんな動画を見たのを思い出したので、
今日はそれを紹介します。

それは、インドとパキスタンで、
コカコーラが実際に行ったキャンペーンのものです。

ご存知のとおり、
両国は宗教が違い、領土問題などでも以前から対立していて、
長い間、緊張状態にあります。

その双方にコカコーラが1台ずつ自販機を置きました。
自販機はネットによって繋がれ、
ともに前面がスクリーンになっていて、
相手側自販機の前の様子が映しだされます。

人が近づくと、
そのスクリーンに「ここに手をあてて」と言わんばかりに手形が表示され、
画面を通して互いの手が合わさると、
コーラが出てくるという仕組みです。

誰かがこの仕組みを理解し、
ためらいながらも試みてコーラをゲットすると、
周囲の人の気持ちが動きだし、
挑戦する人が増えていきます。

どちらの国の人たちもだんだん笑顔になっていき、
心の垣根が小さくなり、
その場が盛り上がってくる様子が伝わってくる、
そんな動画です。

言うまでもなく、これは企業のイメージ戦略です。
3日間でおよそ10,000本のコーラが無料で提供されたそうです。

ですが、焦点はそこではなく、
こうしたアイディアが、
市民レベルでの感情の転換のきっかけになるのだ、
という点が大事だと思います。
同じ思いを共有したり、人が繋がっていったりすることは、
様々な可能性を持っているからです。

これは日本では放送されていないはずなので、
気になった方は、ぜひ下記の動画を見てみてはいかがでしょうか。

けいぶん社

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text by 赤様

本屋にはよく行くんです。
しかも、僕の場合、ほぼ毎週。

でも他業種に比べて、
本屋って、それぞれに個性や特徴があまりないように思いませんか。

本屋は、いわばセレクトショップなので、
他店との差別化をしようと思えばできると思うのですが、
そういう店はあまり見かけません。

セレクトショップの代表格といえば洋服屋ですが、
服の場合は、店が違えば置いてあるものがたいてい違います。
僕らも、他人が持っていないものを選びますし、
むしろ、かぶると気まずいですよね。

でも本の場合は、
ファッション雑誌とか、ビジネス書とか、小説とか、
売れ筋はだいたい決まっていたりします。
また、取次などの大人の事情もあるようで、
そんなところも差別化しにくい一因なのでしょう。

しかし、最近になって、従来の分野ごとに分けずに、
並べ方を工夫して集客を増やしている本屋がある、
なんてのをときどき耳にします。

たとえば、どう並べるのかというと、
ある小説の隣に、その小説に出てきた場所の旅行ガイドを置くとか、
同じ監督によって撮られた映画の原作の小説がまとめてある、
といった具合に、
並び合った本同士が関連しあっているのが面白いところです。
その本棚の並びを見て「なるほど」と思えることもあったりします。

人は本屋に行くと、好きな分野のコーナーしか行きません。
だから従来の並びだと目にしない本があるハズなのです。
でも、テレビを見ていて、全く興味の無い分野に面白さを感じるときって、
自分の趣味と何か関連性があるってことが多いワケで、
そこに注目したのだと僕は思っています。

そんな代表格的なお店で、
以前から行きたいと思っていたところに、ついに行ってきました。

けいぶん社という、京都の一乗寺というところにある本屋です。


keibunsha.jpg



イギリスのガーディアンという有名な新聞社が、
「The world's 10 best bookshops」と題して、
2010年に世界で最も素晴らしい本屋10件を選んだなかに、
この本屋が日本から唯一選ばれています。
(参考HP→http://media.tabipedia.net/1775/)

学校の教室2~3つ分ほどの小さなお店ですが、
僕が外観の写真を撮ってるそばから、
他の客も写真を撮っていて、
全国から噂を嗅ぎつけた人々が次々と来店するそうです。

僕はフィクションは読まないので、
正直まとめ方がわからない棚もあったのですが、
他の本屋とは違う並びはとても新鮮で、
セレクトの仕方も個性的だったのもあり、
つい長居してしまいました。

世の中には本が出版されていない分野というものは無く、
逆に言えば、
本から世の中を察することができると言っても過言ではないと思います。
こうした個性的な本屋がどんどん増えて、
それがきっかけで、本を読む人がもっと増えればいいなと、
僕は思います。
text by 赤様

先日、アメリカ横断ウルトラクイズが放送された。

それを聞いて、
「えっ?」と思われる人もいるだろう。
僕も、番組が復活したのかと思った。

でも、実はそうではなく、
過去のものの再放送だった。
懐かしいなと思うのと同時に、
久しぶりに見たいなあ、という気持ちが湧いてきた。

ウルトラクイズは1977年から1992年まで、
毎年秋に数週間にわたり放送された。
30歳以上の人なら、
たぶんみんな見ていただろうと思うほど人気番組だった。

東京ドームに何万人も集めて第一問目がスタートし、
勝ち抜く度にアメリカ大陸を移動していき、
出題される問題は1000問にもなるという、
とにかくスケールのデカいクイズ番組だ。

スタジオ収録の番組とは違い、
各地を観光する模様や、挑戦者のパーソナリティも紹介される。
そんな旅での喜怒哀楽や、クイズへの真剣さを見ていると、
いつ間にか特定の挑戦者を応援していたりする。

ずっと勝ち進むことを想定していなくて、
画面を通して会社や顧客に謝りながらも参加している挑戦者もいて、
ちょっと同情してしまうこともあった。

クイズに負けると罰ゲームを受けて、
東京に強制送還されるのだが、
うなだれながら帰国の途につくシーンの下に、
「○○○○(←挑戦者名)○月×日帰国」
と文字が出るのが、
ちょっとかわいそうでもあり滑稽でもあった。

ちなみに、どんな罰ゲームがあったかというと・・・、
急遽サーカスに出演する、
小型スロットマシンを持ちお金を稼ぎながら帰国、
特殊メイクをして帰国(イミグレーションはどうするのだろう?)、
一晩中玉ねぎの皮むきをする、
長時間笑いっぱなし世界チャンピオンと笑いながら空港まで歩く、
ナイアガラの滝の観光船の窓を拭き続ける、
などなど、
タダでアメリカに行けるという大きな魅力とともに、
ちょっと意地悪なところもこの番組の面白さだった。

荒野にばらまかれた問題をヘトヘトになって取ってきたら、
問題用紙には「ハズレ!」の文字。
クイズなのにじゃんけんで勝敗が決まり、
その腹いせに、
ピコピコハンマーで思いっきり叩かれる徳光さんが痛々しかったりと、
名場面は語りだしたらきりがない。

僕は一度も出たことがないが、
もし、再び企画されるのなら出てみたいと思っている。
ぜひとも復活してほしい。
text by 赤様

学生の頃、授業で習ったと思いますが、
スイスは永世中立国です。

でも、なぜ中立なんでしょう。
その理由は習わなかったような気がします。

以前のスイスでは、
農業や産業が育ちませんでした。
国土のほとんどが山岳地帯だったためです。
また、地下資源もなく、貧しい国でした。
だから他国との貿易で、
金銭や物の代わりに傭兵(ようへい)を派遣しました。

傭兵とは、
直接利害関係のないところに金銭によって雇われる兵士のこと。
スイスは軍人を他国に貸して利益を得ていたのです。
これを「血の輸出」と言ったのだそうです。

貿易は、当然多数の国と行っていたので、
多数の国に傭兵を送っていました。
それが、ある戦争で、
スイス人同士が戦うという悲劇をまねきました。

それ以後、こんな事態にならないために、
永久に中立であることを決めたのだそうです。
痛ましい過去を教訓にして転換を図ったのです。

そんなスイスの先進的な方針を倣ってか、
永世中立を宣言する国がいくつか存在するようになりました。

先日、7月28日は、
第一次世界大戦開戦から100年にあたる節目でした。
日本では、8月は戦争が語られる時期です。
そして今、パレスチナのガザでは、多数の死者が出ています。

平和をどう維持していくのか。
戦争とどう向き合うのか。
昨今の憲法解釈の問題とともに、
今、僕らにも問われている気がします。

相手を叩きのめして、それですべてが終わるのか、
甚だ疑問です。
憎しみが憎しみを呼ぶ不の連鎖に陥るだけ。
世界から戦争がなくならないことが、
それを証明していると言っていいと思います。

この国が、そして世界が、
この先どんな方向に進むのかわかりませんが、
戦争という手段を選ばないことを、切に願うばかりです。
text by 赤様

会社のとなりのビルが解体され、
その土地が駐車場になった。

ビル解体02.jpg
↑現在の様子

十数階建ての、わりと大きなビルが
日に日に小さくなっていく。

ビル解体01.jpg
↑工事中はこんな様子だった

冬からおよそ4ヶ月。
その様子が面白くて、
仕事の合間に非常階段から何度となく見物していた。

すると、同じように注目している人が何人もいた。
隣り合う他のビルにも見物人がいた。
やはり男子は、
こういうのが好きなのだろう。

このビルの解体は、上の階に重機を運んで、
上から順に壊していったのだが、
柱や壁をどんな機械でどう壊すのか、
壊したものをどう地上まで降ろすのか、
鉄筋をトラックに乗せられる大きさにするのにどうするのか、
そもそも作業する重機を上の階にどう上げるのか、
好奇心がフツフツと湧いてくる。

ビルが密集する都会で、
技術と段取りに優れた達人が作業していく様子は、
見ていて飽きることがなかった。

でも、こんな達人ワザは、工事現場だけではなく、
日常の身の周りにもあるな、と思った。

僕は、中華料理屋に入ると、
なるべく厨房の見えるところに座るようにしている。
以前、料理の鉄人なんて番組もあったが、
料理人の手さばき、段取りの良さは、ひとつのアートである。

料理とは言えないが、
たこ焼き屋のスティックさばきとかを、
見入ってしまったことがある方は多いだろう。

なぜだろうか。
あんな熟練のワザは見ていてとても面白い。

僕は子どものころ、
道路の横断歩道や「止まれ」の文字が書かれるのを、
何時間も見ていたことを思い出す。

それ以外にも、
ペンキを塗る左官屋の刷毛さばき、
細い路地を巧みに曲がるバスの運転手、などなど・・・、
おそらく世の中のいろんなところに、
多くの達人がいることは容易に想像できる。

既にあるのかもしれないが、
こうした達人の技を集めたDVDなんかがあったりしたら、
面白いと思うのは僕だけではないだろう。

text by 赤様

「2次元の世界からは、3次元は想像できない」
子どものころ、クラスにいた秀才に、こう教えてもらった。

大雑把に言うと、
2次元とは、ベクトルが2つあるもの。
縦のベクトルと横のベクトルがあるもの。
言わゆる「面」のことである。

ちなみに、
1次元はベクトルが1つなので、
「線」という概念の世界。

0次元は、「点」の世界。

僕らが生きている現実世界は、
縦、横、高さがある3次元の世界だ。

冒頭の言葉を秀才が話したとき、
紙の上に小さな飛べない虫がいた。
その虫にとってはその紙の上が世界のすべて。
虫が動こうとする進路を、僕が邪魔をする。
虫はその紙のうえで逃げようとするが、
平面以外に逃げることができないのだ。

紙に立体の絵を描いても、立体にはならないように、
2次元の世界のなかで「高さ」を実現させることは不可能だ。
それどころか、
3つ目のベクトルが、高さなのか、他の何かなのか、
そもそも3つ目のベクトルというモノが存在するのか、しないのか、
それさえわからない。

僕らが4次元のことを推測しかできないように、
次元の低い方を考えることはできるが、
高い方へは想像ができないのである。

僕は、このことが、
知識や経験値の差と、同じように思えることがある。

知識や経験値が多い人は、
少ない人がどういう失敗に陥りそうかがわかる。

自分のレベルが上がって初めて、
あのとき自分が至らなかったのだ、ということがわかる。

僕らも日常で様々なことを経験し、失敗し、そしてそれが糧となる。

紙の上の虫で終わるか、
鳥のように物事を俯瞰して物事を見れるか、
その違いが大きいのは言うまでもない。

だから、
さらなる高みがあるかもしれないということを探り、推測し、
不透明なその場所を目指すことが大切だと僕は思う。

天保山

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text by 赤様

天保山と書いて「てんぽうざん」と読みます。
関西人なら知らない人はいないほど、
有名なところです。

GoogleのCMで取り上げられ、一躍おなじみとなりました。
天保山公園という公園の中にありますが、
なんと真ん前は海!

CMでも言っていますが、標高はたったの4.53m。
真ん前の海の土砂を積み上げた人工の山です。

そんな小さな山ですが、
この山には山岳会と山岳救助隊が存在するのだそうです。
そこが何とも関西人らしい発想だと、僕は思ってしまいます。

山岳会は、希望者に有料で登山証明書を発行しているらしいです。

では、山岳救助隊はどうなのか。
めちゃくちゃ興味がありますよね?

ちょっと古い記録ですが、
2008年までは、一度も救助をしていないんだそうです。
あたりまえですよね。(笑)

じゃ、なぜ山岳救助隊が存在するのか。
救助隊いわく、
「どこが山頂かわかりにくいので、助けて(教えて)あげる」
のだそうです。

笑えます。まさに関西らしいです。

でも、実際に行くと、
ふつうの公園の中での高いところ、と言った程度なので、
結構わかりにくいのだとか・・・。

そんなことをいろいろ調べているうちに、
僕も行ってみたくなりました。

ちなみに、日本一低い山を調べてみましたら、
人工の山では、
仙台市にある日和山が標高3mとありました。

国土地理院(地図の総元締めとでも言いましょうか)の地形図に
載ってない山も含めると、
秋田県の大潟富士で、なんと標高0m!

その場所は干拓されたところで地面が海面よりも低く、
そのため標高0mという山が存在し得るのです。
ちなみに地面からの高さは3776mm(ミリメートル)で、
富士山の高さの1000分の1だそうです。

自然の山だけに限定すると、
徳島県の弁天山が標高6.1mなのだそうです。

さあ、この夏の予定が決まってない方は、
これらの山に登ってみてはいかがでしょうか?
でも、くれぐれも遭難しないように(笑)。
text by 赤様

さあ、W杯が始まりました!
その雰囲気を煽るがごとく、
今日はW杯にまつわるカッコイイ動画を3本紹介しようと思います。




まずは、
ナイキ「激戦上等」

ある空き地で、少年たちのサッカーの試合が始まります。
彼らにとっては自分たちの意地をかけた真剣勝負です。
「俺はクリスチアーノ・ロナウドだ」
「俺はネイマールだ」
少年がスター選手のようにプレーしたいと思う気持ちは、
世界中どこでも変わらないと思いますが、
ここに登場する少年たちも、次々にスター選手に成りきっていきます。
しかもホンモノの選手に・・・。

軽快な音楽とともに、
華麗なテクニックやすばやいパスまわしに、
爽快感すら感じます。




次に紹介するのは、
ナイキ「ラストゲーム」

これはスター選手を模したアニメーションです。
スター選手と言えども、ミスをします。
華麗なプレーは失敗と表裏一体です。
ある選手のオーバーヘッドキックは76%の確率で失敗するそうです。

そうした非効率なサッカーを蔑視し、
効率や決断力、結果を重視する「クローン」選手を作り、
それを操る悪党がいました。
クローンはその精密さでサッカー界を占拠。
スター選手は輝く場を失います。

それに我慢できなくなったロナウドは、
腐りかけていたスター選手を集結させ、
美しく楽しいサッカーを取り戻すために、
クローンに「最後の戦い」を挑みます。
さて、その結末はいかに・・・。




最後は、
アディダス「すべてをかける時がきた」

あるスポーツショップで、
日本代表のユニフォームを選ぶ女子3人。
そのうちのひとりがユニフォームを手に取ると、
なんとそこは試合前のグラウンド。
目の前には、これから試合に挑む日本代表の選手たちが、
円陣を組んでいます。

香川選手や内田選手に、
「おい、おまえ! 何やってんだ!」と
叱咤され彼女は・・・。

試合前の緊迫した選手の凄みがわかる動画です。



3つとも、とても優れた動画です。
サッカーがわかる人も、わからない人も、
一気にハートを捕まえてしまうのが動画の力です。

特に上2つのナイキの作品は、
サッカーの楽しさや面白さが、よく表現されていると思います。

これから、動画もCMも、
ワールドカップに関連するものがたくさん出てくると思うので、
好きな人は見つけてみてはどうでしょうか。
でも、音を出して見るのなら、昼休みにしましょうね。


岡ちゃん

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text by 赤様

さあ、ワールドカップまで、あと2週間となりました。
みなさん、寝不足の覚悟は出来ていますか?(笑)

前回大会は「岡ちゃん」こと岡田武史監督が、
不安視されていた直前までの状況を
見事に覆してベスト16に導きました。

思わぬ快進撃に「岡ちゃん、ごめん!」と、
テレビに向かって誤るサポーターが大勢いたことを思い出しました。

そんな岡ちゃんですが、
僕が個人的に注目している人物のひとりでもあります。
テレビで対談とかに出るときは、録画してでも見るほどです。

ワールドカップで監督を務めた日本人は、彼だけですし、
海外の監督や選手ともパイプを持っています。
洞察力も、その表現力も素晴らしい。
その話しはとても興味深く、
僕らの知らない世界の話しが次々と出てきます。

そんな彼が最初に監督になったのは、
ワールドカップ予選で前監督の成績不振により、
予想もしない不意な出来事でした。

彼は、まさか自分が有名になるとは思っていなかったらしく、
電話帳に名前を載せていたら、脅迫電話や脅迫状がたくさんきたり、
家の前にパトカーが常駐し、
家族は警察が送迎するほどの事態だったそうです。

「もし家族に何かあったら」と思うと気が気ではなかったそうで、
これで決まるという最後の試合前に、
「負けたら日本に住めなくなるから海外に行こう」と、
試合前に家族に電話したのだそうです。

これはちょっと異常にも思えますが、
ワールドカップの熱狂というのは、
国を問わずすごいものがあります。
海外では、会社や株式市場や議会が、
休みになったりもします。

でも逆に、馬鹿みたいに思えるほど何かに熱くなる方が、
人間らしくていいと僕は思っているので、
4年に1度くらい大目に見てよ、なんて思ったりもします。

ワールドカップの度に、
僕は夜中にテレビの前でデカい声で叫んで、
隣の住民に迷惑をかけていますが、
今回もまたやってしまいそうです。

だから今から誤っておきます。
「ごめんなさい」
と思ったら、今大会の試合は朝方なのだそうで、
ちょっとホッとしています。(汗)
text by 赤様

雨の降る確率が50%のときって、
雨が降るの? 降らないの? どっちなんでしょう?

実際、雨は降るか降らないかのどちらかなんですが、
そうすると、確率って何なのだろうとよく思います。

今の天気予報では、
雨だけが確率によって示されますが、
当たるかハズレるかは、天気も気温も同じこと。

でも、予報の精度を考えると、当事者としては、
ハズレにくい予報を出さざるをえなくなることもあるそうです。

直近の予報なら、わりと正確に出せるそうですが、
時間が遅くなるほどブレが大きくなるので、
幅をもって予報したい、という声を聞いたことがあります。

話しは変わって、医療の場合ですが、
今では、脳卒中になる確率を診断してもらえるらしいです。
これ、知っていましたか? 僕は知らなかったです。

血圧が高いと脳卒中になりやすいのですが、
それだけでなく、タバコの習慣とか生活習慣などの要素を加えて、
確率を出すそうです。

でもそれで、
40%とか50%とかいう数字が出ても、
どのくらいアブナイの? って思いますよね。

僕らにとっては病気になるか、ならないか。
その日、雨が降るか、降らないか。
知りたいのは、どっちなのかというところ。

しかし、これをどう捉えるかは、
どうやら情報の受け手の問題みたいです。

僕ら一般人は、
0か1かの感覚しか持っていない場合が多く、
確率って言う概念がわかっていないと言う科学者は多いらしいです。
その弊害がこのようなところに現れていて、
解釈の仕方が違った方向に反れてしまっているようです。

そうして考えると、僕らは曖昧なところを、
もっと受け入れるべきだと思うのです。
「曖昧だからこそ気を付ける、備える」という感覚。
そういうことが重要なのではないでしょうか。

予報や確率は、当たるか当たらないかではなく、
本来は注意喚起なハズです。
僕らが、そのデータをどう利用するか、なのだと僕は思います。

厳島神社

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text by 赤様

世間は今、ゴールデンウィーク真っ最中ですが、
去年の今頃、僕は広島に行きました。

おととしの大河ドラマが、
「平清盛」だったからでしょうか。
そのゆかりの地であった厳島神社はかなりの賑わいでした。

厳島神社があるのは、宮島という島。
宮島口というところから船で25分ほどです。

船で近づくにつれ、徐々に大きくなる視覚効果というのは、
あれはかなり、人間の期待感を煽るようで、
結構、ワクワクしてきます。

zenkei.jpg

そして、近づくとともに、
周囲に人間がいることが確認でき、
その鳥居の大きさに驚きます。

その真下まで行くと、
じゃ~ん! こんな感じです。

torii.jpg

運よく、引き潮だったので、
下に降りて散策しました。

yashiro.jpg

ここに行った人の多くが感じることと同じかもしれませんが、
やはり、神社の社(やしろ)を、
海に浮かべようという発想が凄いと思います。
引き潮だったので、実感ではないのですが、
床の下に水面があるというのは、
幻想的な世界感をつくるのには、
とてもいい要素だと思います。

それとともに、
背後の山の緑と海の青さの間に、
朱塗りの鳥居や社殿が映え、
この色合いも計算したのだろうなと思わされます。

寺社仏閣というのはシンプルなところが多く、ここも同様ですが、
それが神聖さを演出し、
なおかつ人間の想像力を掻き立てる道具にもなります。

興味がある方は、ぜひ行ってみてください。
できれば、満ち潮と引き潮、両方見てみることをお勧めします。
text by 赤様

優れているのは、
人間の頭脳か、コンピューターか。

先日、人間とコンピューターが戦いました。
将棋の電王戦です。

予選を勝ち抜いた将棋ソフト5つと、
プロ棋士5人が1戦ずつ戦う団体戦です。
テレビでもCMが流され、
視聴者数は延べ213万人を超えたそうです。

人間とコンピューターとでは、どちらが賢いのか?
いままで将棋以外に、チェスや囲碁でも、
対決が行われてきましたが、
実力差はどんどんなくなってきています。
いや結果だけみれば、
チェスや将棋では、コンピューターの方が優勢になりつつあります。
(しかし囲碁では、まだまだのようですが・・・)

こう聞くと、
コンピューターよりも人間のほうが強くあってほしい、と思うのは、
僕だけではないでしょう。
なぜなら、人間には意地がありますし、
それに、自らの生活を便利にするために、
コンピューターを作ったのですから。

でも、
その進化の度合いを測るときになって、
「人間と勝負するときだけは、人間に花を持たせろ」
なんていうのは、少し身勝手な気もします。

コンピューターには、人間のできないことでも、
どんどんやってもらわなければなりません。

僕ら人類の発展は、
コンピューターの高度化とは、切っても切れないものになっているので、
将棋くらいで、ちっちゃいこと言うな、なんて思ったりもします。
コンピューターには(おそらく)無い、器量というものを見せましょうよ。

さて、横浜の桜木町に「ヘボ将棋センター」というのがあります。
将棋センターとは、
駅前の古いビルの2階とかによくある、
将棋好きなおじいちゃんがたくさん集まっているところです。

そんな名前に「ヘボ」なんてのを付けてしまうのが、
なんとも愛らしく、心憎い。

冒頭の電王戦は、人間の1勝4敗と残念な結果でした。
しかし人間社会では、将棋に限らず、
上手くても、下手でも、誰もが楽しめる文化があります。
上手いだけが能じゃない。
自らの楽しみ方を見出した者が一番の勝者だと、僕は思います。
text by 赤様

野球をテレビで観ていると、
ホームランの打球って、ずっと画面で追っていますよね。
決して見失わないし、画面から消えない。
ゴルフのティーショットもそうですね。

これ、生で観戦したときに、
ご自身のカメラでやってみてください。
まず無理ですから。
この技術、凄いと思いませんか?

ナイター中継では、
スタッフが朝から野球場に来て、その準備を始めます。

10台以上にもなるカメラは、
すべてケーブルで中継車に繋がります。
そのカメラを乗せる足場も必要です。
観客席にはマイクを設置し、
ベンチ裏からレポートを入れるアナウンサーのマイクも、
みんな繋がっています。
昼すぎにはホームチームの練習が始まるので、
それまでに準備を終わらせなければなりません。

その準備が終わると、
選手の練習と同時に始まるのが、
実はテレビカメラの練習なんです。

僕が野球場で働いているときに、よく見かけました。
開門までのこの時間に、テレビカメラの練習しているのを。
こんなときに練習しているんだ、と思わぬ発見でした。

よく考えれば、
外科医の手術の練習とか、
高層ビルを建てるクレーンの操縦とか、
どこでどうやって練習しているんだろうと不思議に思います。

航空機の操縦訓練で、
フライトシミュレーターを使うのはご存知かと思いますが、
そんな設備に恵まれた仕事ばかりじゃないですよね。
まして、ぶっつけ本番なんて考えられないですし。

こうした技術が必要な仕事でも、
そうではない仕事でも、
やっぱり、何事も練習、練習なんですね(汗)。

でもそうやって、
見えないところでやってるからこその、
あの技術なんでしょうね。

あ、そうそう、
あの中継用のカメラってどのくらいするんだろうなと思い、
好奇心から聞いてみたことがあります。
1台2000万円もするのだと、カメラさんは親切に教えてくれました。
当時の値段なので今ならもっと高いハズですけれど・・・。
text by 赤様

もうすっかり有名になった、公務員ランナーの川内優輝くん。
オリンピックや世界選手権を目標にがんばっていますが、
彼にはもうひとつ目標があります。
それは「日本全国マラソン行脚」なのだそうです。

先日、僕は名古屋で行われたハーフマラソンに出場しましたが、
なんとそのレースに彼も出場していました。
折り返してきた彼とすれ違いましたが、
彼のスピードの速いこと、速いこと。

ま、それはおいといて。

遠くまで旅をして、マラソンを走って、
観光して、その土地のおいしいものを食べて・・・。

これを川内くんに言わせると、
マラソン行脚という言い方になるそうですが、
気づけば僕も、この面白さにハマッてしまってます。

旅もマラソンも好きなら、これは最高ですよね。
実は、高橋尚子さんも同じことを言っています。

このような、遠距離を移動して、
スポーツをしたり、観たりすることを、
スポーツツーリズムと言うのだそうですが、
東京マラソンが始まったころから、
こんな流れが盛んになっています。

川内くんも、その発言の通り、
年間何十回という非常識なペースで、
各地のマラソンに参加しています。

マラソンの大会は、
以前から全国各地で数多く行われていましたが、
その盛り上がり度はここ10年くらいで、
一気に急上昇しています。

川内くんのようにはなかなかいきませんが、
僕も各地の様々な大会に出てみたいと、
期待に胸を膨らましている今日この頃です。

でも、それには、ちゃんと練習しないとね(笑)。
text by 赤様

以前、松岡修造と僕は競演した。
だから、ちょっと親近感がある。
でも、そんなことは、どうでもいい。
だが、誰もが知っている彼の熱さは、
どうでもいい領域ではなくなったと、僕は思っている。

2月、関東とその周辺は、2週連続で大雪になった。

JRが、毎年、スキーのキャンペーン広告を出すのは、
ご存知だと思うが、
今シーズンのキャッチコピーが
「ぜんぶ雪のせいだ」
というもので、
電車が止まったり、道で転んだり、
雪で散々な目にあった人たちが、
SNSでこの言葉をたくさんつぶやいていた。

jrskiski.jpg

これはこれで、うまいなと思った。
でも、もうひとつの話題もなかなか面白いと思った。

それは、
この大雪は、松岡修造が原因だというのだ。

オリンピックの取材のため、
彼がソチに到着して、ソチの気温が10度近く上がったらしい。

報道ステーションでは、
なんとTシャツ1枚でレポートする彼がいた。
これが冬のオリンピック開催地なのか?
と、目を疑う光景だ。

そして、彼がいなくなった関東周辺は2週にわたり大雪。
これは、実に47年ぶりとのこと。
そこで彼の年齢を調べると、
なんと46歳!

オリンピックが終盤を迎えるころ、
週の真ん中だったと思ったが、
三たび、雪の予報が出た。
しかし、彼が日本に戻る時期が近いということで、
この予報は曇りに変わった。

もう、おわかりですね。

彼の熱さは日本一とも言われ(笑)、
僕はそんなキャラクターがとても好きなのだが、
その情熱たるや、
雪や気候までをも変化させてしまうということなのだろう。

2020年の東京オリンピック。
彼が応援しないことは到底考えられない。
どんなに熱くなるのか、今からとても心配だ(笑)。

text by 赤様

上村の最後のオリンピックは4位だった。
メダルを獲らせてあげたかった。
僕も確かにそう思う。
僕の周囲をみても、SNSでも、マスコミを通じた意見でも、
そういう声が多い。

生中継を見ていて、
すべり終わったあとに何を言うかがとても気になった。
第一声は、
「やりたいことが全部できた。
全てを出し切った。すがすがしい」
目にはうっすら涙が残っていたが、晴れやかな笑顔だった。

それをみてちょっと安堵した。
と同時に、彼女が笑顔だったゆえに、僕は逆に涙が出そうだった。
満足して終えられる。
そんな素晴らしいことはないだろうと思ったからだ。

たしかにメダルを獲れれば、それにこしたことはない。
でも、順位は所詮、相対でしかないし、
絶対的な実力が備わったかどうかは問われない。

失礼かもしれないが、
実力的にはたいしたことがない王者だって、
存在しえるのである。

ならば、人がどう言おうと、
自分がやりたいこと、表現したいことが、
完璧にできて満足するというのは、
最高のシナリオだと思うのだが、いかがだろうか。

勝負に勝とうが負けようが、自分は自分。
自分は、目の前の結果では何も変わらない。ゆるがない。
日本には、スポーツ選手でも一般の人でも、
こうした考え方をする人が少ないように思う。

でも、こうした考え方が、
自分自身を唯一無二の存在にし、存在価値を高め、
結果的に自らを強くすることにもつながるのだと思う。

4年間のたった1日に、
精神的にも肉体的にも、ピークをもっていくのは至難の業だ。
でも、世間や周囲の期待に応えて
自らを見失うのではなく、
自分のために、自分でたてた目標に到達するために、
競技をしてほしいと僕は思う。
text by 赤様

僕は都民ではないので、
都知事選の投票権は無いのだが、
ちょっと今回のは注目して見ている。

なかでも、
家入一真という若手候補がちょっとおもしろい。
この人は、
インターネットを利用した会社をいくつか起業したり、
恵まれない若者にシェアハウスを提供している35歳だ。

選挙と言えば、
真っ先に思いつくのが街頭演説。
でも、彼は今のところ、これをしていない。
基本的に騒音を出したくないのだそうだ。

では、どんな手を使うのか。
彼には、ツイッターに8万人以上のフォロワー(読者)がいるが、
そういったSNSを駆使して、都民の声を拾い上げている。
集まった声は、既に2万通(政策に関係ないものは除いて)にもなる。
これをネットで公開し、
それを精査して自身の政策方針としていくそうだ。

「誰もが参加できる政治」という未来像に、
これは他の誰よりも合致している。

集めるのは、政策だけではない。
選挙カーで声を上げるウグイス嬢は、選挙ではおなじみだが、
SNS上でつぶやいてもらうウグイス嬢も募り、
これで拡散効果を高めてもらう。

また、候補者ポスターを貼る掲示板は、
都内全部で14132箇所もあるらしく、
これを全て貼るのは、大きな後ろ盾がないと難しい量だが、
この作業員もSNSで募集した。
しかも貼ったらその画像をSNSに掲載するので、
そのムーブメントの盛り上がりがよくわかる。

うぐいす嬢もポスター貼りも、もちろんすべてボランティアだ。

しかし、他に費用がかかるものは、どうしてもある。
それはクラウドファンディングを利用した。
わずか2週間で500万円を集めた。
供託金(立候補するときに提出するお金)300万円のほか、
選挙カー代、ポスター代、事務所代などをこれで賄うらしい。
しかも、明細はネットで公開する予定だ。

選挙の細かいところまでが公表され、
可視化されて良いと評判だ。

先日は、細川護煕さんと居酒屋で対談した模様が、
動画サイトで配信され、すでに数万人が視聴した。

そんな新しい試みに、
いろいろな地域の地方議員から、
協力や交流の要望がツイッターでいくつも流される。

ライバル候補者陣営からも、
「若い世代の票をゴッソリと持っていかれるかもしれない」
と噂が出るほど。
20~30代の投票率が今まで以上に高くなったら、
これは彼の影響と言えるのでは?

どの選挙でも投票率の低さは慢性的な問題だ。
テレビで、ある大学の先生が、
「この国は経済的な豊かさが第一の価値で、
政治をスルーしても自分たちの生活が成り立ってしまう」
と政治に目が向かない理由を語っていたのが、ものすごく腑に落ちた。

でも、現状を知れば、
この国はこのままではいけないはず。

前回の参院選で、
選挙運動を街頭ライブで行った人がいたが、
選挙へのアプローチは、どんな方法があってもいいし、
いろんなやり方が出て活性化した方がいい。

今後、どう変わっていくのか、引き続き注目したい。

ベートーベン

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text by 赤様

年末にベートーベンを聴きに行きました。
♪ジャジャジャジャ~~~ンッ!!
っていう交響曲第5番(運命)ではありません。
今日は第9番のお話し。
そう、年末と言えば第九です。

クラシックというと、敷居が高いと感じるかもしれませんが、
今は全くそんなことはなく、
コンサートには、かなりラフな格好の人も多くなりました。
以前流行った「のだめ~」の影響もあるかもしれません。

僕の父親はオーディオが趣味で、
そうした人たちは、クラシックを聴く人が多いのですが、
父親も、ほぼ毎日聞いていました。
僕は、たぶんその影響を受けたのでしょう。
いつも『うるさいなぁ』としか思っていませんでしたが(笑)。

第九が作られたのは1824年。
ベートーベン53歳のときでした。
この曲は別名「歓喜の歌」と呼ばれますが、
「歓喜によせて」という、若いころに読んだ詩に、
彼が感銘を受けたことがキッカケのようです。

そんなことをテーマにしているので、この曲は壮大です。
1曲で70分を超える長さもそうですが、
生きることとは? 真の喜びとは? という事から、
人類愛までをも語っているので、スケールが違います。

また、ご存知のように、
ベートーベンには聴力障害がありました。
若いときは普通だったのが次第に衰えていき、
この曲を作曲するときには、
ほとんど聴力を失っていました。

耳が聞こえないなんて、作曲家でなくても苦しいハズです。
例えて言うなら、
目が見えないデザイナーや、足が無いサッカー選手が、
成立するのか、というのと同じですよね。
それなのに、あんな音楽を紡ぎだせるとは・・・。

そんな苦悩の極みのなかで「歓喜」をテーマにして、
200年近くも人を感動させ続ける音楽を作ってしまうなんて、
信じられません。

人間の人生なんて、正解は無いですし、
こうすれば大丈夫なんていう方程式も存在しません。
上手に、楽に、かつ思い通りに生きていくのは、
おそらく無理でしょう。

でも、どんな事が起こっても受け入れて、常に前を向くことで、
きっと「歓喜」はやってくる。
この曲を聴くと、いつもそんな気にさせられるのです。
text by 赤様

「泣こかい 飛ぼかい 泣こよか ひっ飛べ」
この言葉、ご存知でしょうか?

これは、薩摩(今の鹿児島)の言葉で、
『ぐずぐず考えてないでサッサと実行しろ』
という意味の言葉です。

高いところから飛び降りようとする子どもが、
飛び降りようかどうしようか迷って泣くくらいなら、
サッサと飛び降りろ、
という出来事が由来のようです。

どこかの偉い先生がこう説明していました。
頭がいいとか、剣術が秀でていることで昔の武士は出世できたが、
薩摩ではそうではなく、
勇気があることが素晴らしいという風土があった。
強いものに向かっていく人間が偉いと言われた、
のだそうです。

幕末の動乱期に、島津斉彬や大久保利通、西郷隆盛など、
国を動かすほどの優秀な人材が多く育ったのは、
そんな土壌があっだからなのでしょう。

新しいことに挑むときや、何か物事を変えていく場合、
それはとても勇気がいることです。
そしてそこには、失敗のリスクが必ず付いてまわります。

俯瞰してそういうところまで考えると、
薩摩には、挑んで失敗することより、
挑むこと自体が素晴らしいという背景も、
同時にあったはずだと僕は推測するのですが、いかがでしょうか。

混迷する現代に、英雄待望論を説く前に、
こうした土壌を築いていく作業を、
僕らひとりひとりがしなければならないのではないか。
そんな気がしてなりません。
text by 赤様

師走は、教師が走ると書きます。
それほど忙しいという例えなのでしょう。

職業にもよりますが、
歳を重ねるにつれ、
人間は、だんだん走らなくなる傾向にあるように思います。
いや、走らなくなるというより、
身体を動かさなくなる、と言った方がいいかもしれません。

できるだけ、面倒なことはしないようにと、
頭が、気持ちが、そうさせているように思います。
自我なのか。人間の本能なのか。
でも、それでいいのでしょうか?
と、僕はよく思います。

老化なんて、まだ先のことだよ、
なんて思っていても、
老いていく僕らの親を見ていると、
現実問題であることは否めません。
明日は我が身です。

動きたくないという意識が、長く続くと、
動きたくても動けない状態になりかねません。
「老化対策として運動をしましょう」と言われても、
動けない身体になっていたのでは手遅れですよね。

日本は、世界で最も高齢化が進んでいる国です。
他に見本、参考となる国がありません。
いったいどんな社会になるのか、誰にもわかりません。
せめて身体だけでもシャンとしていて、
なるべく医療のお世話にならないようにと願いたいものです。

では、どうやって老化に抗うのか。
僕もかなり腰が重い方ですが、
他人の力を利用するのが最もラクなやり方だ思います。
どういう事かと言うと、人と一緒にやるということです。
意地になる人なら、誰かと競ったり、宣言したりするのも、
ひとつの手だと思います。
そして、歯磨きや風呂のように、習慣化できたら占めたものです。

僕は、何より老けたくないと思っています。
身体が思うように動くことは喜びだと思います。
人間ですからいつかは衰えますが、
できれば不自由のない未来であってほしいですよね。
text by 赤様

宇宙で撮られた画像が、
リアルタイムでスマホで見られる。
それって、すごいことですよね。

地球の周りをまわる国際宇宙ステーション。
そこに長期滞在している若田光一さんのツイートでは、
彼がミッションの合間に撮影した画像をアップしてくれます。

1枚の画像に納まった九州とか、
関東地方の夜景とか、
アフリカのどこかの湖とか、
ガラパゴスの島々とか・・・。

それ以外にも、
日本がすっぽり隠れてしまう巨大な雲とか、
大気圏の周りで華麗に光るオーロラとか・・・。
その画像たるや、
僕らの日常とは全くかけ離れた世界です。

宇宙というもの、そしてそこに浮かぶ地球という稀有な星。
なんとも言えない不思議さとともに、
やっぱり地球ってきれいだな、という思いが湧いてきます。

自らの仕事や生活に追われて、普段は忘れてしまっていること。
誰かの親であり、子である前に、
社会人である前に、
まず、僕らはこの星の生き物であること。
たとえ国がなくなっても、経済が破綻しても、
社会の体制が変わっても、
僕らは、まず間違いなくこの星で生き続けなければなりません。

今の科学技術の流れからすると、
僕らが生きている間に宇宙旅行は可能かもしれませんが、
宇宙への移住はちょっと無理でしょう。

だからこそ、時には人間の原点に戻って、
ここに暮らせる有難さを考えてみる。
この地球の美しさに浸ってみる。
そんな時間があってもいいのではないでしょうか。
いい気分転換にもなりますよ。

興味がある人は、
フォロワーにならなくても、ツイッターのアカウントがなくても、
若田さんのツイートを見ることができるので検索してみてください。
文面はけっこう英語が多く、
文章がわからないこともありますが、
画像だけでも十分楽しめると思います。
text by 赤様

11回目の京都ネタです。
でも今回は絵の話しをします。

先日、「京都―洛中洛外図と障壁画の美」という催しを見に、
東京国立博物館に行ってきました。
と言っても、僕は古典画が好きなワケではありません。
たまたま、見たいと思っていた絵の展示があったからです。

お目当ては「洛中洛外図屏風」。
これは、室町時代から江戸時代にかけて描かれた屏風絵です。
洛中洛外図と呼ばれるものは、
何人もの画家が描いていて、多くの種類が存在します。

↓下の2枚は舟木本と言われる絵 (画像をクリックするとちょっと大きくなります)
右舟木本.jpg

左舟木本.jpg

いずれも、京都の町の広い範囲を俯瞰して描かれたもので、
当時の町や市民の様子が表現されています。

かなりゴチャゴチャした絵ですが、
なぜか僕はこうした絵が好きなのです。
よく見ると、数えきれないほどの人間が描かれ、
ひとりひとりの感情まで表現されていて、
見ていてとても愉快です。

 ↓たとえば、こんな感じ(一部分を拡大したもの)
舟木本01.jpg

舟木本02.jpg

日本の古典画といえば、
桜とか松とか、鷹とか虎とか、動植物を描いたものを思い浮かべますが、
この絵は、当時の人間の体温が感じられるところが、
気に入っている最大の理由です。


そして同じ会場に、これは!と思わせるものがありましたので、
それも紹介しましょう。
それは二条城の壁の絵です。

1867年、徳川慶喜が大政奉還します。
歴史の教科書に載ってるこんな絵を見たことないですか?

大政奉還.jpg

この部屋の壁や襖(ふすま)の絵が、
部屋と同じ配置で展示されていました。

この絵の前で、
あの歴史的な出来事が起こったのかと思うと、
ちょっと感慨深く思いました。
と同時に、同じ配置で並べられているので、
立体的に体感できるのも面白いところでした。

博物館や美術館のこうした展示は、
見せ方に工夫を凝らしているなと、最近、特に感じます。
キュレーターや学芸員の人たちが、
知恵を絞っているのがわかります。

保存のために普段は公開していないものや、
遠方にあるため見に行けないものを、
こうした機会に、様々な工夫で、
よりよく見れるのは素晴らしいことだなあと思った一日でした。

text by 赤様

いろんな人と思いを共有できるとか、
仲間意識を感じるとか、
そういうことが味わえるって嬉しいことですよね。

10月27日に行われた大阪マラソン、
無事に完走しました!

予想どおり、いや予想以上に楽しかったです!
いったい何人の人たちとハイタッチしただろう?

今回の目標は、タイムを度外視して楽しむこと。
タイム度外視なんて、陸上競技を経験した者にとっては、
無礼極まりないことなのですが、
東京、大阪、神戸、京都などの、いわゆるお祭りマラソンは、
楽しまなければもったいない!

だから、ひとりでも多くの人とハイタッチをして、
盛り上がろうとしたワケです。

5秒間でだいたい十数人とハイタッチできるので、
もしかしたら1000人超えてるかもしれないです。

ハイタッチしているときは、
ホント疲れを忘れるんです。
応援の力ってすごいですよぉ~、ホントに。

「がんばれ~!」とか「イェ~イ!」とか、
こちらから頼んでもいないのに、
無条件に応援してくれて、盛り上げてくれる。
ホント、ボランティア様々。沿道の人たち様々。
僕も「ありがとう!」って何回言ったことか。

一緒に走っているランナーとは、
自然と仲間意識みたいなものが芽生えてきて、
初マラソンの人とか、着ぐるみ着た人とかを見ると、
応援せずにはいられなくなるし、
全く面識のないランナーに対しても、
ごく自然に「がんばりましょう!」なんて言えちゃったりする。

こういう感覚って普段味わえないですし、
走りきった後の達成感、充実感というのは、
ものすごくいいものです。
こんな楽しいもの、やめられね~よ!
っていうのが正直な気持ちです。

それから、前回のブログで、
写真を撮りながらふつうに走ると言いましたが、
やっぱり今回もブログを更新しながら走りました。
走りながらスマホに入力したら、意外と操作できちゃった!

アドレスがわかる周囲の人にちょっと告知したら、
なんとなんと、
当日の13時からの14時のあいだ、
ちょうど僕が難波から西成区あたりを走っている頃での
1時間のアクセス数が160件!
1日トータルで548件にもなりました!
誰が見てくれたのかは全くわからないのですが、
みなさん、ありがとうございます!

レース中の実況や、その後の感想など、
ここで紹介できなかったことを、こちらで紹介していますので、
よかったら見てください。
http://akachannews.seesaa.net/
書きたいこともまだまだあるので、
これからもちょっとずつ更新する予定です。
text by 赤様

僕は10月27日の大阪マラソンに出場します。

そこで、まず最初に言っておこうと思うのですが、
みなさん応援には来なくていいですからね(笑)。
遠いし、貴重な休みだから、
ちゃんと休んでください。

今も弊社の3階に飾ってある真っ赤な幟(のぼり)。
2010年の東京マラソンに出場したときのことを、
僕は今でも忘れません。

竹橋の交差点で、あの幟を見たときにはビックリしましたよ。
ついに武田信玄が生き返ったかと(笑)。
その100mも手前から見えるじゃありませんか、
寒空に翻る3本もの真っ赤な幟が。

よく見ると、幟には会社のマーク。
その下には社員総勢約3万人もの大応援団!
(ウソです、約30人です。(笑))
雪混じりの雨のなか、
走っていても寒いくらいなのに、
全くの極秘で仕組まれたサプライズ!

応援してくださったみなさん、ありがとう!

でも今回は、ひとりで楽しさを満喫します。
みなさんも、ご自身の休日を満喫してください。

その2010年のときには、
僕はブログを更新しながら走りました。
今回も何かやろうかなと考えましたが、
走りながらスマホを操るのはかなり難しい・・・。

だから今回は、
沿道の人たちやボランティアの人たちとハイタッチをしながら、
そして時々写真を撮りながら走ろうかなと思っています。

9月末にも、僕は越後湯沢でハーフマラソンを走りましたが、
そのときに思い出してしまいました。
マラソンの楽しさを。

見ず知らずの人たちに温かく応援してもらって、
テンションが高いランナーと、ともに盛り上がって。

先日もシューズを買いに行った店の店員さんと、
「あの応援してもらえるのがいいですよね~」
って意気投合しちゃいました。
(その店員さんは11月の湘南国際マラソンに出るそうです)
そんなことを考えると、もう今から楽しみでワクワクしてきます。

でも、十分な練習ができなかったのが少し不安です。
これまで練習した距離はおよそ250km。
2010年のときとだいたい同じくらいです。
目標には幾分足りませんが、
天候や仕事の都合を考えれば、こんなところじゃないかなと思います。

今、あちこち筋肉痛です。
でも、この春まで、ちゃんと走っていなかったので、
走れる自分にちょっと嬉しさも感じています。
あとは、当日の天気が良くなることを祈るばかりです。
今回も思いっきり楽しませていただきます!(笑)

経済の急所

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text by 赤様

ボランティアが増えればGDP(国内総生産)が減るのだろうか?
先日、あるネットを見ていたとき、
こんなコメントがあった。

たとえば、被災地などでは、
復興を手助けする労働があり、物の流れがある。
情報を出すのもボランティアだ。
そこでは金銭の授受だけは行われていない。

それをみてふと思った。
これは被災地だからいいのだが、
被災地ではなく普通に生活している人々の地域で、
利益はいらない、タダでいい、
という物の供給の仕方をしたらどうなるのか。

たとえばものすごい大富豪が、
何かの商品やサービスをタダで市民に提供し、
それが需要を満たせるほどのものであったなら、
同じ業界の企業はたちまち潰れてしまうだろう。

どんな大きな企業だってタダには勝てない。
経済は、
採算が採れないとどうしようもないのだ。

物の値段が崩れるようにどんどん下がってきている昨今、
タダとまでは言わないが、
どんどん採算の採れないラインに近づいているのではないか、
という感覚が僕らにはある。

果たしてこの流れでいいのだろうか。
何か斬新な仕組みはないものだろうかと、ふと考えてしまう。

そういえば、僕は子どもの頃、
「テレビ(番組)を見るにはいくらかかるのか?」と、
自分の親に聞いたことがある。
テレビを見るとき、僕らは民放に一銭も払っていないのだ。

この仕組みは、
作ったものを消費する人が払うのではなく、
第三者が費用を出すという考え方である。

慣れきっていて不思議にも思わないが、
これはよく考えれば面白いシステムで、
これを最初に考えた人はすごいなと僕は思う。
そしてそこに、
何かヒントが隠されているような気がするのである。
text by 赤様

「Tokyo!」
IOCのロゲ会長が開催地を発表した瞬間、
僕も叫んでしまいました。
まだ夜も明けきらないうちから、近所のみなさん、スミマセン。
でも、徹夜して待った甲斐がありました。

そして、その瞬間からツイッターでは、
心待ちにしていた人々の喜びのツイートが、
次から次へと溢れんばかり。

自分が生活している場所でオリンピックが開かれるなんて、
僕のようなスポーツ好きにとっては夢のようなことです。

ちょっと気が早いですが、
最終の聖火ランナーは誰なんだ?
開会式の演出をするのは誰だ?
チケットはどうやって売り出すのか?
聖火ランナーに応募できるのか?
なんて、いろいろ考え始めちゃったりしています。
もう、ワクワクせずにはいられません。

でも、僕は競技だけではなく、
このオリンピックによって、
社会が変わっていくのにも注目しています。
制度、組織、街並みやインフラなどなど。

景気の停滞、少子高齢化、国の借金や消費税、
そして震災復興や原発・・・。
今、社会には解決すべき問題が山ほどあります。

オリンピックによって、
それらが直接、解決に結びつくわけではありません。
しかし、オリンピックへの準備というのは、
スポーツ施設を造るだけではないのです。

たとえば、まだまだ遅れているバリアフリー化が進んだり、
WiFiなどの通信網がもっと整備されたり、
観光客のために外国語表記が増えたりします。

それによって将来に対して、
暮らしやすくなること、希望を持てることが、
多くの人にイメージできるようになれば、
社会は少しずつ変わっていくと僕は思います。

そういう意味で、
オリンピックは人間の意識を変えるキッカケになり得るのです。

7年という、近くもなく遠くもない未来に、
目標となる時間軸ができました。
ゴールがわからないまま走らされるより、
わかっている方が、人間は走りやすいと思います。

7年後どうなっていたいか、7年間で何ができるか。
あれがしたい、これがしたい、こういう自分になっていたい。
自身の将来を、つい妄想することでしょう。

でも、そんな明るい未来をイメージできれば、
家族を持ちたいとか子どもを持ちたいとか、
自分に対して、社会に対してイノベーションを起こそうとか、
人間は希望を抱くものだと思います。

オリンピックまであと7年。
開会式までおよそ2500日。
この時間を有効に使い、
それぞれが、よりよい7年後を迎えられるといいですね。
7年間なんて、あっという間だと僕は思います。
text by 赤様

ご存知のように、
東京が立候補している、
2020年のオリンピックとパラリンピックの開催地が、
日本時間8日の未明に決まります。

現在、アルゼンチンのブエノスアイレスで、
国際オリンピック委員会(IOC)の総会が開かれていますが、
そこで各都市が最後のプレゼンをして、
投票が行われます。

ライバルは、
スペインのマドリードと、トルコのイスタンブール。

日本人だから贔屓目に見てしましますが、
若干、東京が有利という情報が多い気がしています。
聞くところによると、
1週間前のブックメーカーの予想オッズは、
東京1.6倍、イスタンブール3.5倍、マドリード4倍。
しかし、フタを開けてみるまではわかりません。

投票権があるのは、IOC委員のうちの百人弱。
各人がひとつの都市に投票し、
1都市が過半数を超えなければ、
最下位をはずして、決選投票をします。

東京が招致のために招聘したコンサルタント、
ニック・バレー氏は、
2012年ロンドンと、2016年リオデジャネイロの招致を
成功させた人物だそうです。
彼は最終プレゼンで、
ロンドンのときはベッカムを、
リオのときはペレを登壇させ、
強烈なサプライズを起こし、
投票権を持つIOC委員の心を掴んでしまったといわれているとか。

じゃあ今回の東京は誰なんだ?
と、僕は今週ずーっとそのことを考えていたりします。

選手なら、
中田英寿? 北島康介? 知名度ならジーコとか。
あるいは白鵬なんていいのでは?
力士なら、知られていなくてもインパクトはありますしね。
でも、インパクトだけなら選手じゃなくてもいいはずで、
坂本龍一、北野たけし、小沢征爾、
今だったら宮崎駿でもいいのではないでしょうか。
はたして、誰でしょうか・・・。

僕は、東京招致のシンポジウムなどに、
何度か行きましたが、
そんな席でこんなことを聞きました。

1964年のオリンピックを知ってる人の話しでは、
オリンピックの興奮は、
2002年の日韓ワールドカップの興奮なんて
くらべものにならないくらいの高揚感が、
街中にあるのだそうです。
そんな興奮を味わってみたいですね。

発表にあわせて、7日深夜からテレビの生中継があります。
放送時間は2時間~5時間ほどです。
なぜ、幅があるかというと、
NHK、日テレ、テレ朝、TBS、フジの5局全てが、
こぞって生放送するからです。すごいですね。

投票は午前3:45から、発表は5時ころの予定。
決定都市を発表するオリンピック委員会ジャック・ロゲ会長が、
「The City of Tokyo」
と読み上げることを祈ってます。
text by 赤様

さて、みなさん、
ロシアと聞いて何を連想しますか?

僕は、先週1週間ほど、
ロシアからのテレビ中継に釘付けでした。
一部の人たちのあいだでは、僕がロシアに行ったんじゃないか、
という噂が出たとか出ないとか・・・。

そんな方々から発せられたロシアの印象はというと、
一番多かったのは「ピロシキ」。
やっぱり旨いですよね、ピロシキ。
って、そうじゃないだろっ!

他に聞こえてきたのは、
マトリョーシカ、プーチン、ゴルバチョフ、
チェルノブイリ、コサックダンス、ウォッカなどなど。

おいおい、そんなもんかい?
ちょっと、それじゃインテリジェンスに欠けるよなぁ。
なんて思いながらも、よくよく考えてみると、
ロシアの印象って、ほとんど無いんですよね。

普段あんまり意識してないし、
周囲の人と喋っても、話題にすらのぼらない。
年に1度あるかないか、って頻度。

じゃあ、ロシアって何よ?
と、マツコ・デラックスばりに問い正してみると、
ガガーリン(宇宙飛行士)、
ボルシチ、ビーフストロガノフ(ロシア料理)、ボリショイバレエ、
ブレジネフ(ソ連の元書記長)、チャイコフスキー(作曲家)、
セルゲイ・ブブカ(棒高跳びの元選手)、ドストエフスキー(作家)、
と、あるじゃないあるじゃない、世界に誇れるものが。

でも、僕ら日本人が知ってそうで知らないこと。
それは、距離的に日本から最も近い国が、このロシアだということ。
多くの日本人にとって、おそらくそんな意識は全くないでしょう。

実際の距離をみてみると、
韓国との最短距離は、対馬と釜山のあいだで49km。
それに対して、根室半島の突端、納沙布岬から北方領土の貝殻島までは僅か3.7km。
北方領土を日本と考えると、宗谷岬とサハリンのあいだが43kmしか離れてないんです。

その割には、
僕らはロシアのことを全くと言っていいくらい知らない。
ロシア語なんて、冒頭の物事の名前以外、何もわからない。
僕は1週間テレビを見ていて、ようやっとひとつだけ覚えたのが、
「ありがとう」は「スパシーバ」というのだと。

来年の2月7日からは、
ソチというところで冬季オリンピックが開かれます。
新しもの好きのメディアが、
そのとき、きっとロシアのことをいろいろ紹介するでしょう。
ソ連が崩壊して20年あまり。
そろそろお隣の国のことを知ってもいい時期だと思います。

僕は、旅行が好きで、いろんなところへ行ってみたいと思ってはいますが、
でも、現実問題として、ロシアには行く機会は無いかな・・・、
というのが今の正直なところです。

でもそれは、僕ら日本人が、
ただロシアの魅力を知らないだけ、ただ情報が無いだけでだと思います。

宇宙開発をアメリカと競ってやってしまう国です。
もっと奥が深い国だと思います。
もっといろんなことが知れ渡ると、
地理的以上に身近な国になるのではないでしょうか。
text by 赤様

さて、京都のことを書くのも、今回で10回目となります。
今日は、京都で僕の最もお気に入りの場所、
比叡山の延暦寺を紹介します。

僕がこのお寺に興味を持ったきっかけは、
ある灯篭の灯りの存在を知ったからでした。

延暦寺の本堂である根本中堂と言われる建物。
そこの本尊の前の灯篭の灯りがそれなんですが、
「不滅の法灯」と呼ばれています。
その灯りは、なんと1200年もの間、
ずっと灯し続けられているのだそうです。
すごいですよね。
なんだかロマンを感じさせます。

実際には、直接その灯りを目にすることはできず、
灯篭ごしにその灯りを見るのですが、
厳かな薄暗い本堂のなかに光る灯篭を見ていると、
凄みを感じずにはいられません。

伝統とは、本来「伝燈」と書いたそうです。
燈火(ともしび)を伝えるから伝燈と言うのだと。

そして「油断」というのは、
その燈火の油を断ってしまうくらいに
注意を怠るから油断と言うのだと。

これらの言葉は、
この不滅の法灯からきていると言われています。

お坊さんは、
「仏教を伝えるには、努力が欠かせない。
この努力とは火に油を注ぐことと同じ。
この油が絶えることが油断すること。
常に努力して伝えなければならない。
それは仏教だけではなく、すべてに言えること」
と言います。

そして、この油を継ぎ足す人、
なんと、係りがいないのだそうです。
これもお坊さん曰く、
「係りがいる方があぶない。
いると誰かがやるだろうと思ってしまうから。
そうではなく、みんなが注視するようにしなくてはいけない」と。

1200年。
そんな長さ、僕には全く考えられません。
仏教とか、お寺とかという括りは関係なく、
そんなに長いあいだ、灯っている炎があるという事実が、
本当に大事なことはなんだろうと考えさせてくれます。

自分の価値観やこれからのことに対して、
見つめ直すのにはちょうどいい静寂と落ち着きがここにはあります。
ここは、そんな貴重なところです。

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text by 赤様

先日、あるイベントに行ってきた。
日曜夕方の六本木ヒルズ。

なにやら楽しいイベントのように思えるが、
これがなんとニュース番組のイベントなのだ。

そもそもニュース番組がイベントをすることすらおかしな話しだが、
それがNHKの番組なのだから、とても不可思議なことだ。

この番組は、NEWSWEBといって、
NHKで月曜から金曜の夜に放送されているニュース番組だ。
僕はこのところ、これにハマっている。
というのも、今までにないタイプのニュース番組だと思っているからだ。

よくニュースの新番組が始まるときに、
「わかりやすさ」とか、「今までにない」という言葉で、
差別化を強調して視聴者を獲得しようとするが、
見てみるとあまり特徴がないことが多い。

池上彰がバラエティ番組に出るようになって、
時事問題に対する敷居を下げたのは凄いことだと思う。
時事をテーマにした内容でも、
民放のゴールデンタイムで番組が成り立つのは、
民意の変化のひとつだと思う。

でも、選挙の投票率が低いのに、
ニュース番組への関心が高いということは到底考えられないので、
あの手この手を、まだまだ考えなければいけないのだろう。

このNEWSWEBは始まって1年4か月になるが、
他番組とは大きく違うところがある。
それは、「ナビゲーターが同席すること」と、
「画面にずっとツイートが流れること」だろう。

ニュースを読むアナウンサーのほかに、
ナビゲーターと呼ばれる人が各曜日ごとに同席する。
このナビゲーターは、各方面で活躍する30代くらいの人物で、
学者、ジャーナリスト、働き方のコンサルタント、
インタビュアー、コミュニティデザイナーなど、
それぞれが本職を持っている。

近年、社会企業家やソーシャルワーカーなど、様々な新しい分野で活躍する若者が、
ニコニコ動画や、nottvなどの新しいメディアに登場する機会が増えている。

彼らは、今までにない社会の流れ(しくみ)や考え方を生み出し、
社会の新たな潮流になっている。
「ノマド」という働き方もこうしたところから生まれているが、
そんな勢いがあって、現場に近く実感で語れる人が、
ナビゲーターに多く起用されている。

そういう彼らだから語れる言葉が新鮮だし、
ニュース番組独特の硬い空気を、
わざと壊そうとするナビゲーターもいるところも面白さのひとつだ。

掘り下げるニュースを説明してもらうために、
他のニュース番組と同じように、大学教授などの専門家を招くが、
そんなナビゲーターが視聴者に近い目線で、
素朴な疑問をどんどんぶつけていく。

掘り下げるニュースはWebなどで事前に告知され、
質問をツイートで募集するのだが、
アナウンサーやナビゲーターが、
そのときの話しの流れに適したツイートを選び、
視聴者の意見として、これも専門家に質問したりもするので、
テレビの前に居ながら質問できるなんてことも可能になる。

そして時には、
他局よりも公正中立を目指すNHKとして、
立場上あまり深入りできないことも、
視聴者から「こんなツイートが来ている」と、そのツイートを利用して、
民法よりも突っ込んだ議論に発展し、
とてもNHKとは思えないテンションになったりもする。

このツイートは、放送中は終始、画面に流れる仕組みになっている。
ツイートが画面に流れること自体、
もうすでに他の番組でもやっていることだが、
出演者に対する意見や、ニュースへの素直な感情などもタイムリーに流れるので、
ニコニコ動画の画面に流れる文字や、ラジオでハガキが読まれるような感覚があり、
親しみやすさを感じるところもいい。

冒頭に紹介したイベントは、
番組をより良いものにするにはどうしたらいいか、という趣旨で、
アナウンサー、ナビゲーター、ディレクター、
そして視聴者とともに、実に4時間もの間、議論を交わすという
前代未聞のイベントだった。
ディレクター曰く「NHKらしさを壊したい」という意志は、
そんなところにも現れていると言える。

ニュース番組がイベントをやる時代。
社会のしくみがどんどん変わっていく昨今、
僕らは、この社会をどう見て、どう考えて、どう生きていくか。
そんな考える時代に突入したということを、
この番組は示しているように僕は思う。
text by 赤様

人口が少ない地方のある自治体で、
こんなことが決まったそうだ。

その地域に架かる橋のうち、
いくつかの古い橋は、修理をせず取り壊しをするのだと。
なぜ、そんなことになったのか。

私が毎日通る橋だから、この橋は壊さないでほしい。
これが利用者の純粋な声だ。
その人の身になれば、気持ちは十分に理解できる。

しかし、橋を維持するには金がかかる。
自治体の予算にも限りがある。
しかも、費用をかけなければならないのは、
橋のメンテナンスばかりではなく、
病院も整備しなければならない、
保育園や学校もつくらなくてはならない、
公民館も、上下水道も、商店街の整備も・・・、
やらねばならないことは山積みだ。

しかし、人口の都会への流出や工場の海外進出など、
税収は減っていく一方。

ならば、私のところの橋ではなく、
あちらの橋を壊せばいいじゃないか。
必ずそんな議論になるのだそうだ。

でも、どの橋を残すのかは、
その地域全体をみて考えていかなければならない。
なおかつ、予算の使い方は、
橋の以外のすべての公共事業を総合的に考えていかねばならない。
そんな問題が日本のあちこちで、
今後起こってくるだろうと言われているのだそうだ。

少し前に、
自治体が破綻するかもしれない、
というニュースが話題になった。
アベノミクスで経済は上向き傾向だとはいえ、
今後、都市部の自治体でもこれは起こり得ることなのだ。

現に、東京から電車で1時間もかからない街でも、
お店のシャッターが閉まったままの商店街が目につくようになってきたと、
とあるニュースで報じていた。

僕たちが生きるこれからの社会は、
あなたにとって、どうあってほしいのか。
どうやら、そういうことをマジメに考えないといけないところまで
きているように思う。

僕らの人生はこれからも続く。
ゆえに、住みやすい社会を望むのは、僕だけではないだろう。
このことに目を背けると、
心地よいと思えることが、どんどん少なくなっていくのではなだろうか。
text and photo by 赤様

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去る6月25日は、
アントニ・ガウディの生誕161年目にあたる日なのだそうだ。

ガウディといえば、
個性的な建物で知られているが、
やはり注目すべきはサグラダファミリアだろう。

僕がバルセロナに行ったのは2006年。
当時、会社の夏休みが最大5連休だったので、
少しでも旅行期間を長くするために、
定時に会社をあがって直接成田に向かい、
4時間後には出国するという弾丸旅行だった。

旅行の当初の目的はサッカー観戦だったのだが、
結果的に最も印象に残ったのが、
バルセロナのサッカーよりもロナウジーニョよりも、
このサグラダファミリアだった。

とにかくこの建物はすごい。
率直に言って、
「これを見てから死ね」と思わせるくらい、
一度は見ておくべきものだと思う。

その威容というか、堂々とした佇まいは、
あれから何年も経つのに、
未だにしっくりくる言葉がみつからない。

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その名もサグラダファミリアという地下鉄の駅を降り、
エスカレーターや階段をのぼって、
地上に出た瞬間に現れる強烈なインパクト。
どうやっても忘れることはできない。
建物だから動かないのに、迫ってくるような威圧感がある。

それとは別に、
聖書の世界を表現した装飾は、
神々しい雰囲気があり、
そして、ところどころにある動物たちには
ユーモアがある。
そのどれもが体温が感じられ、
見る者を和ませてくれる。

でも、僕が面白いと思ったのは、その構造。
柱のつくり方が独特なのだ。
単に垂直なのではなく、
樹木のように上に行くほど枝分かれしている。

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彼は自然の中に構造的な強さを見出し、
それを建築にも多用した。

そんな考え方が、
生物的な要素を取り入れた装飾とマッチして、
あのような素晴らしい世界観が表現できているのだと思う。

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長い時間並んだが、
ホントに行ってよかったと思うし、
ぜひとも、もう一度行きたいと思っている。

そして、こういうことを実現するには、
自分のやりたいことは、目の前の誘惑に惑わされずに、
優先順位の高いことからやらないと、
人生、何もやれずに終わっちゃうぞ、とも思えるようになったのだ。

1882年の着工以来、すでに131年も経つというのに、
ここは未だに完成しておらず、
「入場料をとる工事現場」などと揶揄されることもあるそうだ。
でも、ヨーロッパの古くからある教会は、
いずれも完成するまで百年、二百年という永い歳月がかかっている。

2026年には完成するという噂もあるらしいが、
僕が思うのは、
こうしたせかせかした現代に、
建築家の意志を曲げることなく、
ゆっくりと地道に作り上げるものがあってもいいと思う。



※冒頭の「アントニ・ガウディ」は彼が育ったカタルーニャ語での表記で、
日本ではアントニオ・ガウディとすることが一般的ですね。

桃太郎

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text by 赤様

昔話しで有名な桃太郎。
誰でもご存知のことでしょう。

桃太郎が、おばあさんからきび団子をもらって、
サル、キジ、イヌにそのきび団子を与えて家来にして、
鬼ヶ島に鬼退治に行く話しです。

桃太郎と戦う鬼は、空想上の生き物です。
頭には角があり、毛皮のパンツをはいています。
では、鬼はなぜあのような格好なのでしょうか?

鬼門という言葉があります。
それは北東の方角です。
鬼は北東の方角からやってくると言われているからです。
古文の授業で習いましたが、
十二支で北東の方角を表すと、丑寅(うしとら)になります。
そういうことから、
鬼は牛を表す角があり、虎を表す毛皮のパンツをはいているのです。

昔、都を造るときにも、
京都の街の北東には延暦寺を、
江戸の街の北東に寛永寺を置き、
それぞれ、街を守る役割を担わせました。
(本当は延暦寺は京都に都が移る前からあったのですが・・・)
そうやって鬼門に重きを置き、
鬼(災い)から自分たちの生活を守る風習があったのですね。

それでは、
桃太郎の家来のサル、キジ、イヌはどうでしょう。
キジは鳥を表しますが、なぜサルと鳥とイヌなのか。
もうわかりましたね。
これも十二支に当てはめると、南西の方角になります。
つまり、鬼門と言われる北東と反対の方角になるのです。
これを鬼門の反対側に位置することから「裏鬼門」と言うそうですが、
反対の方角の生き物で、
鬼に対抗しようとしたということです。

子ども向けによく語られる桃太郎ですが、
この話しは、実は方位学に基づいた話しだったのですね。
僕も数年前まで全く知りませんでした。

それから、桃のことにも少し触れましょう。
桃は、大陸から来た価値観によると、神聖な果物なのです。
他にも、仙人、不老長寿、無敵、パーフェクトというイメージがあるそうです。
また、桃は邪気を払うとも言われています。
桃太郎が鬼に対抗できるのは、
こうした神と同じ力を持つからなのです。

♪桃太郎さん 桃太郎さん お腰につけたきび団子~
というほのぼのとした童謡とはほど遠い印象ですね。

ちょっと検索してみると、
子ども向けの昔話というワクにおさまらず、
出典の違いによって、諸説あるようですが、
どうやら、かなり奥が深い話しみたいです。
興味のある方は、ちょっと探ってみてはいかがでしょうか。
昔の古い風習や価値観(民俗学の領域でしょうか?)に興味がある人には、
新たな発見があるかもしれませんよ。

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