■ 右手=「後天的な変化・現在の状態・社会で現れる姿」
2025年12月アーカイブ
■ 右手=「後天的な変化・現在の状態・社会で現れる姿」


どうも頭部スカイツリーです。
先日とあるSNSで、地方にお住まいの方と
お話しする機会がありました。
話の中で私が都内の会社に勤務していると知ると、
その方は「東京というと、神保町のカレーを一度食べてみたいのです」
と仰いました。
神保町のカレー...まさに弊社の近所のカレー店がそれで、
その方にとっては夢見る"神保町のカレー"であり、
私にとってはふだん昼食で食べる"神保町のカレー"です。
まぁ、私も最初に神保町でカレーを食べた時は
"神保町のカレー"と思いましたが(w)
日常的に食すと、"神保町のカレー"も"普通のカレー"になるんですね。
慣れてくると、何事もおざなりになる。
まさに初心忘るべからず!で、
すべてのモノ、コトにいま一度感謝のこころを!!



実写に近い画像でも感じる違和感
生成AIによる実写に近い画像を見ると、やはりどこかに"AIっぽさ"を感じてしまいます。
CMを見ていても「この人物やビジュアルってAIか?」と意識してしまうことがあります。
質感や手足の形(少し前の世代で特に顕著でしたが)、光や影の落ち方など、
わずかな違和感が目に入ってしまうのです。きっと皆さんにも覚えがあるはずです。
AI画像を見分けるポイント
私がAI画像かどうかを判断するときに注目するのは、
被写体の位置(圧倒的にこれ!)ドセンターすぎる!
影の濃さ(次にこれ!)AIらしい影濃度がある!
人物の歪みの無さ(むしろ歪みがなさすぎる)
アシンメトリーでの不自然さ です。
やはりどこか"整いすぎてしまう"、少し崩れているがゆえの
美しさや魅力が抜け落ちているように感じます。
背景との関係性が"理想的すぎる"ことも、作り物っぽさにつながります。
違和感をなくすには
では、この違和感をなくすためには何が必要なのでしょうか。
例えば、被写体を画像センターから外す、帽子やメガネ、雲や太陽も少しずらすなど、
広告の世界で時間をかけてきたポイントを、よりナチュラルに見せられれば理想的です。
そこまで綿密に指定するプロンプトが必要なのか、それともAI自身が学習を重ね
自然な表現を許容していくのか----おそらく両方でしょう。
AIによる「理想化」と違和感
SNS上で、家庭で作ったおかず「チキン南蛮」を素人が撮影した画像をもとに、
AIがフードカメラマン風に生成したという投稿がありました。
そこには「もうカメラマンいらないじゃん」というコメントまで。
確かに元の画像から「もっとこうだったら良い」という点がほとんど修正されていますが、
確かに、良い画像にはなっていますが、私は作られた感に違和感を覚えました。
AIっぽさの未来
きっと技術が進んで、人が感じていた違和感は静かに解消され、
日常のなかに自然にAIが溶け込んでいくと思います。
AIっぽさが消える未来は、もうすぐそこまできているのかもしれません。

